おれはなにか失われた感じがしていて、いつもおれの苦手な集団というもののの中にいるそんな夢を見る。話しかけられそうな人間もいるが、うまく語りあえる気もしないのであたりをきょろきょろとうかがうばかりだったりもするそんな夢を見る。なにか役割のある集団の中のなにか能力のある人間のひとりとしてカウントされているのに自分にはそんな力がまったくなくてそれでもあるふりをして、ある種の策謀や作戦についていくそんな夢を見る。
おれはなにか失ってしまったような感じがしていて、毎日のあらゆる習慣、歯を磨くだとかユニットバスで用を足すとか、食器を洗うだとか、そんな中で永遠につづいてきたようなものと永遠につづきはしないのに永遠につづくものがあるような気がして、けど決してそれらはおれか失われたもので失うものもでないし、まったくどうでもいいものだという気がする現実がある。
おれは脱走するには腰がおもすぎるし足がおそすぎるし、環境の変化というのものをまったく好みはしない。それでも遊泳するようなものがあるとすれば脳のなかでかってに繰り広げられるあれやこれなんだろうけれども、おれはもうあれやこれのあれが残っていればいいくらいのものになっていて、記憶すらひどくあいまいになっているし、そのときどんな感じだったとか、そもそもなにを見たのかとか、もうひどく曖昧になっている。
おれはひどくとりとめがないのだし、めりはりというやつがないというか、うんざりするような連続体のくせにその一瞬一瞬の意識に反応するくらいのなにか反射体のようなものであって、蓄積のようなものがないし、無責任な言葉はいくらでも出てきてとまらないけれども、言った瞬間からそれは嘘になり、腐敗し、もうどうでもよくなってしまう。というわりには、なにかの折りに自分がむかし書いたものを読めば、そこには今のおれよりもなにかわるくない欠片があるように感じられて、その一瞬がよかったのか、それとも失われたのかなにか茫洋としたものを目の前にしたような気になってしまう。
おれもまだ小さく、弟はもっと小さいころだった。弟が父に「眠りと死の違いはなにか」と聞いて、父は「それは良い問いだ」というようなことを言った。おれはいいかげん、眠りたいのか死にたいのか。