フライパンは軽すぎても駄目だな……。

 日曜日の夕方のことだ。競馬でおれの本命馬が3頭とも沈むのを見届けて、おれはアパートを出た。どこに行こうというのか? ハンズメッセへ。
 おれは庖丁のためのシャープナーがほしかった。なに、庖丁研ぎなら近所の彫刻教室が副業としてやっている。一度問いでもらったら、おれの一竿師忠綱の牛刀は、それはもうよく切れるようになったものだった。だが、頼みに行くのも面倒だし、長切れの維持のために手軽なシャープナーが欲しかったんだ。
 目当てのものはすぐに見つかった。チラシに載っていたとおりだった。ついでにフライパンを買った。いま使っているのはいつ買ったものだろう。たいした品ではない。もしかしたら、数年前のハンズメッセで買ったものかもしれない。ともかく、表面のなんとか塗装も剥げてきて、とくに困るということもないが、買い換え時という雰囲気はかもし出している。
 おれは特売品のワゴンから、マーブル加工のフライパンを一つ手に取ってみた。びっくりするほど軽かった。こんなにフライパンが軽くていいのか? と思った。対応はガス火のみ。うちは都市ガスだ。価格は? 安い。悪くない。おれはこれも買うことにした。そのフロアで会計を済ませた。ほかの階もいちおう見てみたが、とくに欲しいものはなかった。まったくなかったな。
 さて、おれは毎晩お好み焼きを焼いて生きている人間だ。さっそく新しいフライパンを使ってみた。が、これが意外なことに、軽さがあだになる、ということがあったのだった。ボウルから生地を流し込むだけでずれる。ちょっとずつ均しながら入れるのに、ずれる。左手はボウル、右手は菜箸、フライパンを押さえてくれる使用人はいない。
 まあ、たいした話ではない。要は慣れの問題だろうし、流し込みの過程をすこし変えればいいのだ。フライパンの温度、流し込む速度、その他、微調整すればいいのだ。生地をひっくり返すのも、淵の角度が違って少しやりにくいが、同じ事だろう。それに、なんといっても表面のつるつるさはみごとなものだ。いつまで保つかは知らないが。
 ただ、フライパンは軽すぎても駄目だな、と思ったのだった。それは一つの発見だった。そういえば、おれは鉄製の、ここまで重い必要があるのかというフライパンも持っているが、なるほどあれはあの重みにもなにかしら価値があるに違いない。まあ、もう使う機会もないのだが。

……ストロングマーブルという名前は悪くない。美浦の馬で地味な血統、1000万条件で幾度か穴馬券をプレゼントしてくれる。1600万に上がったらわりと厳しいが、それでも穴を開けたりする。その後も二桁着順を続けるが、やはり穴馬の印象はあり、新聞でも多少印がついたりするので無視ができない。……おれはブルーマーテルの話をしている。