- 作者: ニコライェフスキー,荒畑寒村
- 出版社/メーカー: 現代思潮新社
- 発売日: 2008/03/01
- メディア: 単行本
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で、『アゼーフ』の方は1959年に書かれた小説、といっても、きちんと資料にあたり、ほとんどフィクションは交えていないようだが。一方、こちらは1931年に書かれたもので、警察庁の書類にあたったほか、ブルツェフやなによりオフラーナの直接の上司であったゲラシモフ、それにアゼフ最愛の愛人に直接会って話を聞いたりしているところがすごい、かな。でもまあ、だいたい『アゼーフ』をなぞって復讐するような感じではあったか。あと、英語からの重訳みたいなんだけれども、荒畑寒村先生の文はあんまり……とか。まあいいか。
まあ、そんで、アゼフのダブルスパイっぷりはすごいんだけど、やっぱりその動機みたいなものの謎とか、そういうところとか気になるわけで。もちろん、幼少時に極貧だったため、金のため、というのもあるだろうし、オフラーナと社会革命党を手玉に取るだけのを並外れた才能を活かす場を求めたというようなところもあるだろう。あるいは、エンツェンスベルガー先生の言うような、なにか小難しい弁証法的ななにかだったのかもしらん。
ただなんだろうね、やっぱり出自も関係してんのかな、とか。アゼフやユダヤの出だ(本書では「ユダヤ民族ではないが心情的にユダヤ人」としている。ようわからん。生まれ育ちは制限されたユダヤ人居住区だったのは確かだし、ウィキペディア先生とかはユダヤ人と言い切ってるけど)
プレーヴェ暗殺の問題は日程となった。有名なキニショフの反ユダヤ人ポグロームは少し前に起こったところで、1903年の4月19、20の2日間、組織された群衆は邪魔されずにユダヤ人住居を掠奪し、商店を荒廃させ、婦女を陵辱し、かつ老若男女の別なく惨殺した。警察にしろ軍隊にしろ、ポグロームを阻止しようとはしなかった。実際、暴徒は一再ならず彼等から鼓舞賞賛の言を聞いたのである。だが、ユダヤ人のグループが何等かの抵抗をこころみた時、警察は彼等を駆逐し、逮捕を行い、かつ火器をすら使用して自らその正体を暴露した。12人が殺され、負傷者にいたっては数百を算した。その主たる責任は、反ユダヤ人ポグロームを革命運動と戦う手段と考え、かつ政府官吏との私的討論でこの意見を公然と表現したプレーヴェにあると、一般に考えられていた。
第六章 プレーヴェの追跡
この官製暴動について、アゼフは警察の上司にすら憤慨を隠そうとしなかったという。……というか、帝政ロシアでもユダヤ人虐殺あったんか。
で、ネットで検索して出てきたページ。上がむつかしい版、下はわかりやすい版(?)。まあ、どこまで信用できる情報かとか、学がないのでわからんが、ともかくそういうんはあったし、日露戦争で日本をユダヤ人資本が支援したとか、革命家が日本経由でアメリカに逃げて資金を得て帰国みたいな話もあるし、たしかにボルシェヴィキの初期幹部はユダヤ人が多いとか、そういうものなのか、みたいな感じはする……って、ユダヤ陰謀論に片足突っ込んだりしてねえよな、おれ?
まあしかし、それだけがアゼフでもないだろう。ただ、本気でツァーリ殺害までいくつもりだったというような示唆は本書でもあるし、合わせ鏡のように育っていったオフラーナと革命組織の両方の力を引き出して、一人革命していた(しかもすごい結果を出しながら!)という想像も悪くない。
ところで、本書最後の方に、バレたあとのアゼフ……って、ようわからんのは、本書の最初はブルツェフとロプーヒンとの、例の列車内の会話から始まるんだけどさ、いくら革命側からもロプーヒンが信用できる人物だと考えられていたとはいえ、会話の内容の暴露だけでああもアゼフ無罪がひっくり返るもんかね、みたいな。もちろんiPhoneに会話を録音してたわけでも、サイン入りの証言書があるわけでもない。そんだけ、あの、宣誓とかいうのは重いのかね。まあいいや。
で、最後の方なんだけど、世界中にスパイであることが知れ渡ったあと、まあけっこうな資産とともに愛人とヨーロッパ各地を豪華に周遊したり(当然のことながら復讐を恐れて革命的警戒心を絶やすことはなかったが)、株でさらに儲けてたりしてんだけど、バルカン戦争のせいでほとんどの財産を失っちゃうわけ。でも、アゼフはあきらめない。
残った金の全部をかき集め、マダムNの宝石の一部を売りさえもして、彼は彼女の名で時好のコルセット店を開いた。その実際的な能力を発揮して、彼は自ら事業の商売面をうけもち、後には獄内から買い入れる品の質と量についてマダムNに助言し、営業を指示さえしている。彼の獄中からの手紙は奇妙な読みものであって、彼はこの戦争は長びくものと思われ食料の欠乏は長い間には夫人の体格にも影響を及ぼすから、もっと小形のコルセットの製造を増加すべきだと、ほとんど哲学的な議論をしている。とにかく彼の店は時好に投じ、存続を可能ならしめた。
「食料の欠乏は長い間には夫人の体格にも影響を及ぼすから、もっと小形のコルセットの製造を増加すべきだ」って、なんかここんところ、著者は「ほとんど哲学的な議論」って言ってるけど、こういう発想できちゃうところが、革命党の戦闘団の指揮者として数々の実務を果たしてきたあたりじゃねえのかって、なんとなく思ってしまう。ナンバー2のサヴィンコフとかは、たぶんコルセット屋とか開けないし、小形コルセットの増産なんて発想できなかったんじゃないかって。それで、アゼフを失ったのちの戦闘団がグダグダになっていたんじゃねえかって。
と、まあこんなところで。本書はほかに、血の日曜日事件のガポン神父の最期であるとか、アゼフがツァーリ暗殺のために、飛行機発明家と接触していたとか(時代的にライト兄弟が飛ぶか飛ばないかのころ)、いろいろ興味深いところもあった。だが、やはりいちばん興味深いのはアゼフだろうか。となると、つぎはサヴィンコフ(ロープシン)あたりに行くか。おしまい。
>゜))彡
……読み物としてはこっちがおもしろいわな。