今年読んだ本ベスト5 〜あるいは屈辱の読書について〜

はじめに

 『アメトーーク!』の特番を見ながら、おれも今年をふりかえるベストなんとかをやろうかという気になった。とはいえ、ベストなんとかの「なんとか」がなにかということになる。おれが今年とくになにを多くしていたかというと、まあここ十年くらいのうちで一番本を読んだということだろうか。


 いろいろなものがごたまぜになっているが、数えてみたらだいたい60〜70冊。日記に書いてないものは……たぶんある。読んでないのに妄想で書いた……というのはたぶんない。現時点で読みかけというのは、おれの読書のやり方、すなわち何冊か同時に読み進めるという方法存在はしている。しかしまあ、ベスト5くらい出してみてもいいかとは思う。だれのために? せいぜい一ヶ月前に読んだ本くらいしか頭に残らないおれのために。
 しかし、ここではっきり言っておくが、おれにとっては屈辱と口惜しさの積み重ねの数字でもある。なにせ、ほとんどの本は買ったものではない。図書館で借りたものだ。生まれてはじめて図書館を使い始めた結果、借りる→返す→借りるのローテーションが生まれ、こうなったのだ。
 して、なぜ屈辱か。所有欲、書痴的な嗜好のようなものはたしかにある。しかし、今年読書を続けていて気づいたある当たり前のことが、自分の想像する以上に大きかった。なにって、すぐにその本にアクセスできないのだ。いや、あらためて借りるなり、買うなりすればいいのだから「できない」わけじゃないが、本の雪崩を起こす手間など考えてみても、部屋にないというのは面倒だ。これは想像以上に堪えるものだった。
 おれは小説や詩集以外の本には、線を引いたりメモしたりしながら読むくせがある。これだ、というところにだ。しかし、その線引というのはおれがその時点で了解しうる限りにおいておれが判断し、また見返すであろうと考えたところにすぎない。まず、これにアクセスできない。
 そして次に、おれが線を引かなかったところ、これにもアクセスできない。むしろこれが大きいことに気づいた。たとえば、Aという本を読んでいて、ふとこれにリンクする話が別のBという本の右ページの端にあって線を引いていたような気がする、などと思う。それを確認するためにBを開き、当該場所を探すとしよう。すると、不思議なことに自分がかつて線引きした箇所なんかよりもずっと興味深い記述をBに新たに見つけることがあって、もうAそっちのけになってしまうことがたびたびある。最初にBを読んだときには読み手である自分に知識や発想の回路ができておらず、反応できなかったのだ。それが間をおいて、また新たなものとして現れる。そこがおもしろい。そしておれはさらに過去に読んだCやDにリンクしていく。照応は終わることがない。
 しかし、この楽しみもそれらの本が手元にあってこそ、思うがままにできることだ。べつになにか志や目的あっての読書でもなければ、なにか特別なものを追い求めてるわけじゃない。金になるものでもなければ、人のためになるものでもない。しょうもない趣味の一個にすぎない。だからべつにいいじゃんそんなのっていえばそれまでだし、所有しつつ未読の本とてまあそれなりにはある。それに、記憶力がもう怪しいか、もともとも怪しいので、何を再読しても新鮮かもしれない。とはいえ、今年読んだ本が全部ここにない、パラパラとめくりかえすこともできない。これは口惜しい(……とはいえ、そんなことやってたら永遠にこのエントリを書き起こすことなどできないが!)。
 念の為にいうが、以上はおれと本と大五郎の話だ。あんたとは全然関係ない。新しい服とも関係ない。おまえがどのような形で本と関わろうと知った話ではない。買おうが借りようが盗もうが好きにすればいい。読まずに食べても知った話か。ただし、図書館の本に線を引くな、書き込みをするな、抜いた髭を貼りつけるな(←これが一番生理的に気持ち悪くてしょうがなかった。一ページごとにティッシュで拭きとって読んだ)。ところで大五郎って誰だ。

以下、順不同。いや、最近読んだものの記憶ばかりが強いので、1月から振り返っていく。

『〈民主〉と〈愛国〉』小熊英二

〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性

〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性

 たぶん、なんかこの著者の『単一民族神話の起源<日本人>の自画像の系譜』を読んで - 関内関外日記(跡地)と並んで、前半に本借りて読んでそれなりの速度で読めるな、おれ、って思った本。というのはともかく、そうだったのか、と思ったことや、いろいろ気になったことも多く、ハブ、リンク集として持っておこうと思ったが、未だに買ってない。その上、興味が戦後どころか戦前、大正に向かっていってしまったのでどうしてものか。

『何が私をこうさせたか』金子ふみ子

何が私をこうさせたか―獄中手記

何が私をこうさせたか―獄中手記

 つい最近読んだ山崎今朝弥の本に金子ふみ子の手紙が載っており、なにかハッとさせられるものがあった。はっきり言って、それが今、わたしにこうさせているとも言える。この本も買って手元においておきたいものだ。

現代日本思想大系〈第16〉アナーキズム

 松田道雄の解説、それに大杉栄がドバーッと収録されているうえに、近藤憲二『一無政府主義者の回想』を読む - 関内関外日記(跡地)の主だった評伝が収録されている。今、収録リストを見るに、もっと読み返したくもあり、これは手に入れたい。

埴谷雄高政治論集』埴谷雄高

埴谷雄高政治論集 埴谷雄高評論選書 1 (講談社文芸文庫)

埴谷雄高政治論集 埴谷雄高評論選書 1 (講談社文芸文庫)

 ときおり読み返したくなる。確認したくなる。『死靈』を買う前にこれを買っておくべきだったか。

『私兵特攻』松下竜一

 松下竜一の本は何冊か読み、『豆腐屋の四季』以外はどれもすばらしく、『久さん伝』とどっちにしようかまよってこちらに。ここからなぜか空戦記ものに走っていたという妙な側面もあるからだ。

『ドイツのロケット彗星 Me163実験飛行隊、コクピットの真実』 ヴォルフガング・シュペーテ

 第二次世界大戦の空戦着ものは何冊か読んだが、ガランドやルーデル、あるいはフィンランドのエースたちを差し置いて、あえて赤い彗星を。引用した終わりの方のエピソードが好きすぎるだけかもしらんが。

『夜の果てへの旅』ルイ=フェルディナン・セリーヌ

 もうこれは感想文の最初からおれがびびってるくらいのものであって、打ちのめされるような傑作。だけど、つづく二作目の『なしくずしの死』は途中まで読みかけて今は乗り気じゃないなって返却したのだから読書には時と場合があるというものなのか。

『政治と犯罪』ハンス・マグヌス・エンツェンスベルガー

政治と犯罪 (晶文選書)

政治と犯罪 (晶文選書)

 20年ぐらい前に読んだ本に、おれのなにかの原点みたいなものが詰まってて、そいつはびっくりした。再読だけれども、大きな衝撃を受けた。そういうこともあるものだ。しかしこれは、10年かそこら前の、一家離散のときに確保しておくべきだった。

『アゼーフ』 ロマン・グーリ

アゼーフ (1970年)

アゼーフ (1970年)

 社会革命党戦闘団の指導者と秘密警察の二重スパイであるエヴノ・アゼフをタイトルとした物語。だが、主人公はボリス・サヴィンコフでもあり、エス・エル戦闘史ともいっていい。どうにせよ、まあともかく面白いんだ、これが。なお、これを補完する本としてはこれだろう。

『ベリヤ 革命の粛清者』タデシュ・ウィトリン

ベリヤ―革命の粛清者 (ハヤカワ・ノンフィクション)

ベリヤ―革命の粛清者 (ハヤカワ・ノンフィクション)

 収容所に送られた経験もある著者が歴史上のろくでもない有名人ラヴレンチー・ベリヤを徹底的に悪し様に描いた評伝。……なのだが、引用した部分のように、妙な憑依でもないだろうが、そういった箇所もある。なお、これを補完する本としてはこれだろう。

神州纐纈城』国枝史郎

 これは「持っていたけど積んでいた本」。伝奇ものが読みたくなってみれば……と、これはもう傑作。なんであれ傑作。

二・二六事件獄中手記・遺書』河野司・編

二・二六事件―獄中手記・遺書

二・二六事件―獄中手記・遺書

 北一輝に興味がある。で、切っても切れないところに二・二六があるわけだが、この獄中手記・遺書集というのは、資料的価値も高いのだろうが、それ以前に人間極限の、あるいは日本人極限のところまでもがあって、こいつを読んでおかなきゃ平成維新もねえだろうというようなわけのわからない思いにもかられる。

 これも面白かったが、まだ勉強中なので。

『死の懺悔』古田大次郎

死の懺悔―或る死刑囚の遺書 (1968年)

死の懺悔―或る死刑囚の遺書 (1968年)

 近藤憲二の回想録など読んでも、だれが『死の懺悔』なるタイトルをつけたかわからんというのが不思議だが、「第五の大逆事件」で死刑となった古田大次郎の獄中手記。ベストセラーなので知る人も多いかもしれないが、内容もなんとも不思議なところもあり、いろいろと思わせる。それに、引用はしてないけど「電車の中でお年寄りに席を譲るのに躊躇したりいろいろ考えたりする」みたいなことを、死刑を前にした大正の人が書いているあたりなども興味深かったりした。

『山崎今朝弥』森長英三郎

え、最近に読み過ぎの本じゃねえの? という気もするが、しかしこれも面白い。評伝としてそうとうにおもしろい。当然のことながら、山崎今朝弥自身の名文にも当たりたいところだが、この丹念さで日本初の社会主義弁護士にして天下の大奇人について述べられた本書も読みやすい新書ながら、そうとうのものである。

 ……と、以上の5冊を推したい。
 ………、おれ、算数できないけど5冊以上あんな。
 えーと、以上はエントリー作品で、栄えある受賞作は次の5冊です。『死の果てへの旅』、『何が私をこうさせたか』、『アゼーフ』 、『ベリヤ 革命の粛清者』、『二・二六事件獄中手記・遺書』。すごく脈絡がない上に、ぜんぜん今年発売された本とかじゃねえな。まあいいや、そんなところでおしまい。