蓮台野心理農園


 意識の低い人間が集められているのは一目でわかった。どいつもこいつも向上心の三文字のうち一個も持っていないことは明白だった。そのくらい統一された集団だった。だれも先頭に立とうとはしなかったし、統率をとろうともしなかった。そもそもだれも他人に話しかけようとはしなかった。おれもまったくそのような人間なのでわかりすぎるくらいによくわかった。
 見渡すかぎり畑だった。畑といっても土しかなかった。荒れているのか、そういう時期なのか判断できなかった。夕方に少しずつ近づきつつあるころだった。おれたちは低い意識でただただぼーっとしていた。言われたからここにきたのだった。言われなければこなかったし、言われてもこないという意識もなかった。ほかに行き場なんてなかった。
 そこへ一台の軽トラが走ってきた。運転席から、あるていどは意識の高そうな中年男が出てきた。「はい、注目!」。
 ぞろぞろ、ずったらずったら、おれたちは軽トラの近くに寄っていった。あるていどは意識の高そうな人間は、彼がこの区画の担当指導員であることを告げ、各人、軽トラの荷台の鍬を取るように指示した。おれたちはそのようにした。
 「はい、あなたたちはここに来た理由をよく知っているはずだ。知らなくてもかまわない。ともかく、そう判断されたわけだし、素直に従ってきてくれた。まず、それが一歩だ。一歩を踏み出したのはすばらしいことです。さあ、拍手してみましょう。拍手、拍手。そして、隣の人と握手してください! 挨拶をしましょう!」
 おれたちは心底うんざりしながらぱらぱらと手を叩き、嫌々となりの人間と握手のまねごとをした。「どうも……」。「……はい」。
 「挨拶は済みましたか! それじゃあ、みなさん、わかると思うが、その鍬でこの区画を耕してください。それが二歩目、いや、三歩目です。さあさあ、並んで、タイミングよく振りかぶって、おろす! これの繰り返し、難しくなんてないですよ! そして、鍬の一振りに、過去の自分の行い、いや、行わなかったことを捨ててください。そして、次の一振りに、未来の自分を意識して!」
 おれたちは言われた通りのタイミングで鍬を振り上げてはおろした。おれはなにをしてこなかったのか。なにもしてこなかった。する気がなかった。なぜならばおれは意識の高い人間であったためしがなかったからだ。やれと言われればやらないではないが、おれがなにかをしたいということはなかった。ただ、食うためにはやらなければいけないこともあって、おれはひどくひどく面倒で、心身ともにはげしく拒否したけれど、死ぬこともできなかったのだった。なぜならばおれは意識が低いから、自殺する覚悟も実行力もなかったからだった。
 そしておれはこの心理農園で意識が高くなるようにと送られてきたのだった。おれを送り込もうとする人間、おおよそは年下の人間をそのつど観察してきたが、やはりどうもみな意識が高く、なるほど意識の低い人間の居場所は人間の街には存在していないのだと納得したのだった。おれがいくら薬物でドーピングしても追いつけないところに彼らはいた。おれはそれを十分に理解したのだった。
 その理解の中で鍬を振るう。なんの意味もなかった。こんなことをしても意識は高まらない。まわりを見まわしても、たいていそんな感じだった。ただ、わかっていてもこれをやめようとも、ここから出て行こうとも思わなかった。向上心の三文字のうちの一文字もないような連中だった。自主性の三文字もなかった。おれにもないので、おれにはよくわかった。今どきの街に、社会に居場所のない人間だとよくわかった。悪いこともしないが良いこともしない。与えられなければなにもしない。与えられたところで与えられたことをこなせるかどうかあやしい、そういう人間ばかりだった。
 やがて、日が暮れてくると寂しげなメロディがノイズ交じりのスピーカーから聞こえてきた。みな鍬の上げ下ろしをやめた。やめて、鍬にもたれるようにしたり、座り込んだりしながら、だれかが指示するのを待った。ただひたすらに、待ちつづけた。