おれはいい血管

wikipedia:オランザピン

日本においては、オランザピンと因果関係が否定できない重篤高血糖、糖尿病性ケトアシドーシス、糖尿病性昏睡が9例(死亡例2例)報告されており、厚生省より注意喚起がなされた[1](2002/4)。これに対し、発売元の日本イーライリリーでは、糖尿病患者やその既往歴のある患者に対する患者への投与を禁忌に入れ、ドラッグ・インフォメーション上で目立つように警告を発するなどの対応をとった。

 「血液検査、ここでもすぐできますよ。やりますか?」
 「えーと、それじゃお願いします」
 「実は気になってたんですよ、薬の処方も多いし、肝臓のほうも。……注射は苦手ですか?」
 「注射と歯医者はずっとだめですね」
 ……なんで一発で見抜かれるか。まあ、見抜かれようともかまわない。問題は血抜きだ。おれは両親とさらにその親に糖尿病がいるサラブレッド。暴飲暴食とは程遠いが、潜在的なリスクは人より高いはず。体は正面、左腕だけ横に突き出す。
 「いい血管ですね」
 「いい悪いあるんですか?」
 「見たら楽に刺せそうだってわかるんですよ。印刷物でもそういうのあるでしょう?」
 「はあ」
 医者はおれを印刷屋だと思っている。おれは入稿する側なのだが、いちいち説明するのも面倒なのでそういうことになっている。
 「目、つぶってください。ちょっとチクっとしますよ」
 ちょっとチクっとする。メキメキ音を立てつつ軟骨に自分でピアス穴開けるのに比べたらなんてことはない。でも、握りしめたおれの左拳の中は汗だらけ。
 「はい、針抜くんでまたちょっとチクっとします」
 目を開けると、容器の中におれのどす黒い血。月に一度の通院。結果によっては禁忌薬。その場合お電話しますね。
 電話は今のところ鳴っていない。今、ここでジプレキサ(オランザピン)を失うのはきつい。ジプレキサはそうとうによく働いている気がする。ベースのところで安定感をくれているような気がしている。これを処方されてから、ずいぶんよくなったと思う。生活もなにもいい方向には向かっていないが。
 ジプレキサが効くことによっておれが双極 II 型障害の軽いのだとすると、どうなるか。選択はいくつもある。ベストでなくベター。あるいは、もっともっとベストの出会いがあるかもしれない。まあ、いくらどんな薬で安定したところで生活は安定しないし、いい方向に向かっていく予感もない。おれはいい血管、いい予感はない。