おれは物を売ったことがない


 おれは物を売ったことがない。プライヴェートでの話だ。本であれゲームであれカメラのレンズであれ自転車のフレームであれ。
 ふたつの意識が働いている。
 ひとつには、ものへの執着。おれのものはおれのものにしておきたいという心のはたらき。
 もうひとつには、中古品として買い叩かれることへの不信感。世の中には適切な中古相場というものもあるだろうし、ネットでわかりやすくもなっているだろう。しかし、せっかくの自分のものが不当に値踏みされるのではないか、という疑心。そして、自分のものが安く買い叩かれることは、自分が安く見られているのではないかという、ひとつめの執着に関連した心のはたらき。
 この二つである。これがおれをして売却なりヤフオクなり下取りなりの売り手になったことがない理由だ。中古品を買うのは好きだ。
 が、このたびおれはiPhoneを乗り換えるにあたって、それまで使っていたiPhone4sを下取りに出すことにした。12,000円。4sの残余金より下取りにした方が得だという店員のいうがままになった。差は数千円だったが、下取りにということになった。「なった」というのは他人ごとのようだが、おれはもう面倒なことを考えたくなかったのだった。
 というわけで、すぐさま送られてきた買い取りパックに初期化したiPhone4sと必要書類を入れて、「ソフトバンクモバイル下取り品送付窓口」に着払いで送付した。
 おれは、はじめてものを売ったのだろうか。たぶん、そうだろう。
 これから、おれはものを売るだろうか。生活に困れば、売れるものを売ることになるのだろう。売れるものがあればのことだが。α65? 何本かのレンズ? COLNAGO ACE? いやな話だ。それならばいっそおれ自身を下取りに出して、新しいおれに買い換えたいくらいだ。なんの比喩か皆目わからぬ。