はてな横浜オフ会後日譚

承前はてな横浜オフ会顛末 - 関内関外日記(内)

「こちらが例の自転車です。橋の上に放置されていて、処分に困っていたんですよ」

石川町町内会の老人が、かつてはそれなりのスポーツバイクであったらしい、美少女フィギュアと空き缶の詰まった袋でデコレーションされた自転車を見せた。町内会の老人はなぜか頭に金魚鉢をかぶっていた。これが横浜の正装になってからどれだけの時間が経ったろう。

[これはひどい]

[横浜はじまったな]

[自転車脳の恐怖]

即座にタグがつけられる。

「ありがとうございます。これはこちらで引き取らせていただきます……」

「そうですか、処分に困っていたところで助かります。ところで、橋から飛び降りた男は『はてな』がどうとか叫んでいたらしいんですが、なんだかご存知で?」

「いや……なんのことでしょうね……。気が……気がくるっていたのでしょう」

 

奇っ怪な自転車とともに濡れ地蔵の前に来る。

[横浜はじまったな]

[はてな]

「やはりあの水死体は『はてな』に関わる人物だったようだ……。川に飛び降りた老人は。ひょっとすると『はてな』ユーザの生き残りだったかもしれない。見てみろ、この自転車には[パンツじゃないから][恥ずかしくないもん]のタグがつけられている。意味はわからないが(もしかして:ストライクウィッチーズ)、ずいぶんと古いタイムスタンプじゃないか。大戦前のものだ」

[パンツじゃないから]

[恥ずかしくないもん]

「一歩違いで貴重な『オリジナルid』を逃してしまったようだ。……今や誰だって世界中のあらゆるものにタグを、コメントをつけることができる。ブックマークができる。その原初となる『はてなブックマーク』システム。しかし、その存在は今や切断されたネットの歴史のはるか彼方、靄の向こう。はてな社は上場後にネットの海に溶けて消えた。残されたのは大量のデータベース。あらゆる人間が事物に、人物にタグをつけ、コメント残していった。そのシステムだけが今も残り……ぼくらの電脳視界のなかで生きている」

[はてな]

「そうだ、われわれは探さなければいけないのだ。果たしてこの世界の受容のありようを、知の集約の仕組みを一変させた『はてなブックマーク』の秘密を。人間がこの世の巨大な事象を『事割り』、『事の端』として解体し言の葉に変えるに至った秘儀の原初を……。それこそがこの世の理を追求するわれわれの目的だ」

「そのとおり、問題は原初だ。ひとつひとつの言の葉には葉柄があり枝がある。枝のもとには幹があり、幹のもとには根がある。wikipedia:ギュツラフ訳聖書ハジマリニ カシコイモノゴザル、コノカシコイモノ ゴクラクトトモニゴザル、コノカシコイモノワゴクラク』といったその刹那、最初のはてなブックマークをしたものがいる……」

[はてな][宗教]

「まてまて、wikipedia:ギュツラフ訳聖書では意味が通らぬ。はじめには『言葉』があったのだ。そして、まさしくそれが最初のブックマークだったのではないか。wikipedia:鈴木大拙はその瞬間を見ていたのは自分だと言い放っていた。」

[はてな][仏教]

「それではこの世界自体が『はてなブックマーク』ではないか。いずれにせよ、われわれはブックマークの元を辿らなければならない。根に向かって下へ下へ遡っていく。……意味はわからぬが、われわれは古典に見られる『はてブタワー』というものの頂上にいるのかもしれない。あるいはこれがバベルの塔か?」

「世界の言葉を割った塔の上にいるというのは悪くない。しかし、いつまでもここにとどまってはおられぬ。次なる『はてな』の痕跡を求めて、われわれは行かねばならぬ……」

老人は美少女フィギュアと空き缶でいっぱいになったゴミ袋を満載した自転車にまたがり、山手へ向かって坂を登っていった。不思議なことに濡れ地蔵の姿もまた消えていた。地元の住民たちは「地蔵様が坂を登って天界に戻ったのだ」と噂した。その坂はいま、地蔵坂と呼ばれている。

おしまい。