思い出せ『思い出のマーニー』

 考えてみたら、おれは図書館で配ってたウチワに描かれているマーニーと思しき少女のイラスト一枚しか知らねえなぁ……と思った映画館の座席、客の入りは……お世辞にもいいとはいえないのだった。夏休みの始まった連休の最終日、はじまったばかりのジブリ映画、老若男女カップル家族連れ、ともかくいっぱいになっているに違いないと思っていたのだった。
 おれの隣の隣の座席から四席くらいは家族連れだった。子供は未就学児童かどうか? くらいのきょうだいだった。新しい『ゴジラ』の予告編のとき、なにか喋ったと思ったが、後から隣の席の女に聞いてみたら、親に「ゴジラって本当にいるんだ」と言ったとのことだった。おれはとくに怪獣映画に思い入れはないのだけれど、もうこれだけでこの『ゴジラ』は大成功なんじゃないかと思ったのだった。その少年は映画の中盤辺りから席を立って、おれはトイレに行ったのかと思ったのだけれど、女によると適当な空席をウロウロしていたとのことだった。
 その子供よりおれが気になって仕方なかったのは左のほうのどこかにいた爺さんだった。爺さん、あくびをするたびに割りと大きく「ふわ〜ぁ」と声に出さないと気がすまないらしかった。おまえがあくびをするのは勝手だが、おまえのあくびに周囲を巻き込むなと言いたかった。たとえ耳が悪いのだとしても、少し気を使ってもいいんじゃないかと思った。おれもあくびくらいするが、押し殺したそれは感動の涙になるのだった。
 というわけでネタバレしつつ肝心の『思い出のマーニー』の感想文を書くことにしようと思うのだった。全体的な印象からいうと、「佳作」という感じだった。なにかのランク付けで「佳作」というのではなく、これ一個として「悪くねえんじゃね」という好印象な「佳作」なのだった。そして、その「佳作」さは『借りぐらしのアリエッティ』のときに感じたのとおそらく同種なのだった。作り手の狂気だとか、異様なまでのフェティシズムを感じることはない一方で、一本の話としてはまとめてきましたねという感じなのだった。日本プロ野球の助っ人外国人でいうと.294 11本 50打点くらいで、キープしておくべきか、もっと強力な新しい大砲獲得を狙おうかという感じなのだった。モーガンはともかくとして、マーニーは数字以外のところですごいアピールがあるかというと、そうでもないというところだった。そして、モーガンは関係ないし、フランク・マンコビッチはもっと関係ないのだった。むしろおれがマーニーといわれて思い浮かぶのは『がんばれタブチくん』に出てくるマニーことチャーリー・マニエルなのだった。
 話が逸れたところで、どういうところですごいアピールが、ということを述べねばいけないのだった。おれ個人としては、とりあえずどれだけ百合なのかというのがそれだった。話の筋が通ってなかろうと、作画が崩壊していようと、百合がすばらしければそれでいい(元は取れる)というのがおれの心構えなのだった。主人公のビジュアルすら劇場で初めて見た(けっこう好きです)というのに、そういう風の気配は感じていたのだった。
 して、その花の咲き具合はというと、おれにはいまいちなのだった。オチの要素があったからというのもあるが、それ以前としてやや唐突であり、唐突なのにも理由があったという具合なのだけれど、やっぱりそれでも「惜しいが、違う」というのがおれの判定なのだった。もちろんおれがルールブックの世界での話なので世間のそれとは関係ないのだった。
 そのルールブックとはべつに一本のアニメ映画として見たらどうなのだという話もあるのだった。アニメーションとして丁寧なのだろうなあとは思ったのだけれど、これという激しいアクションのあるような話ではないのだった。風景(背景)の美しさは別に当たり前だろうというのは贅沢な話なのだろうかとは思った。おばちゃんのおばちゃんの家の内装などは観光地のそば屋的というか民宿的というかペンション的というか執拗なまでのこだわりを感じたのだった。
 では、話として、登場人物たちの話としてはどうなのかという話になるのだった。主人公は映画の時間の中でたしかに成長はしていたのだった。とはいえ、肝心なシーンでの「自治体からお金をもらっているの!」は唐突としか言いようがないし、そういう立場の多感な時期の主人公にとってとても大きい問題だったとしても、あのシーンで義理の母親があえて選ぶべき告白だったかどうかというと、どうも違和感はぬぐえないのだった。
 あと、ちょっと惜しいと思ったのは、「一晩に三つずつ質問するの」という約束が面白そうなのに活かされているとは言いがたかったことだった。それと、「秘密」の存在なのに割と簡単に眼鏡の女の子に喋っちゃったりしてるのもどうかと思った。まあ、尺も原作もあってのことだろうとは思ったのだった。
 というわけで、本作を観て今後のジブリは……とかなんとかおれには言い様がないのだが、素直に一本観て、まあ映画代相応というくらいの評価はしたいと思った。ああ、あと、太っちょ豚野郎呼ばわりされた子はおばちゃんにしか見えなかった、というのを書いておきたかった。おしまいだった。

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……自分が想像していたよりずっと激賞してるのでどうかと思った。

……映画館で観たような気がしていたが気のせいだった。

……これは映画館で観たのだった。

……狂っていたのだった。

……これもある意味狂っていたのだった。