この四苦八苦の世の中を〜吉田秋生『海街diary』を読む

 吉田秋生の『海街diary』を既刊全巻(6巻まで)読んだ。ある意味で擬似的な家族があって、また鎌倉という街に広がる拡大家族のような場が描かれている。人物同士のかかわりあいの糸が紡がれて物語は進む。人の生きるリアルさがある。愛する人との死や別れ、金をめぐる生臭い話。長女が看護師、次女が信金社員という設定。金の話から逃げない。主人公の青春物語を描くために、そこを捨てるということがない。複雑な血縁から逃げない。物語が逃げをうたない。そこが読むものの胸を打つ。鎌倉四苦八苦。おれは鎌倉に二十余年暮らしたが、藤沢寄りなので生活の場としてあちらの方は身体感覚としてわからない。わからないが、きちんと調べられているであろういろいろの設定から推測するに、長谷の方はそういう雰囲気があるのだろうと説得される。大変に密度がある。さらっと読めるようなもんじゃない。それでもグイグイと牽引される。力がある。鎌倉の路地がある。田村隆一の愛した路地がある。地元民はわりと大仏にも江の島にも行かない。サーファーはいる。腰越漁港ではシラスをとる。金沢の人間はぞいやと言う。なにを書いているのか整理できていないが、こいつは抜群に面白い漫画だ。なにかの大賞をもらっているのだから当たり前だ。『櫻の園』の吉田秋生だから当たり前だ。すばらしい名塚佳織さんがラジオですすめていたのもわかる。映画化されるのもわかる。早く続きが読みたいとも思う。読み返したいとも思う。老若男女の四苦八苦がある。それでも時は経ってしまうし、生きている。ああ、世界が描かれているのだ。いろいろの切り口から切り取ってみてああだこうだと言える。そういう作品を名作という。