リンとマックの距離は歩数にして20歩。この距離ならばマックの早撃ちは届かない。とはいえ、リンの小型拳銃の威力にも不安が残る。なによりリンは『抱きつき』の二つ名を持つプロフェッショナルである。至近距離からの連射。そこに彼女の自負があり、誇りがあった。マックの早撃ちを食らって生き延びたところでなんになろう。リンは腰のホルスターに手をかけて、一歩、二歩と横に動いた。河原には凍てつくような冬の風が吹いた。
対する早撃ちマックは、両手をトレンチコートに入れ、直立不動の姿勢を崩さない。変態番付大関の威厳。マックにも譲れぬものがある。トレンチコートのポケット越しに、手を使って己の早撃ちの準備をしているのか? 否である。マックは己の早撃ちに絶対の自信を持っていた。己の一瞬を信じていた。たとえ先に鉛弾を食らっても、射程まで耐え抜き、早撃ちを食らわせる。生と死についていえば、彼に生は残されていなかった。しかし彼は、生と死を越えた瞬間に、すべてを解き放つ、そのときを待っていた。
意を決したのか、マックがまっすぐに一歩を踏み出した。リンの右手がぴくりと反応する。マックはリンの顔を直視して外さない。さらに一歩、マックが歩を進める。リンは少し腰を落とし、最短時間で相手の懐に走り寄る体勢をとる。マックが撃つ前に、抱きつきの距離から撃ち殺す。相手の射程はわからない。また一歩、また一歩とマックが近づいてくる。リンはホルスターから銃を抜く。距離を詰めて連射するのみ。だが、その距離をはかりかねていた。
マックには恐怖心もなにもなかった。相手の持つ銃など目に入らなかった。最大の快楽を得るのだという確信だけがそこにあった。自分自身の五体、そして早撃ちを司る部位の動きの委細が脳にダイレクトに伝わってきた。人間を超えたところに自分は居る、と思った。あの女がどの距離から撃ってきても、その銃弾をかわせるように思えた。あの女、女、女の顔。マックはさらに快楽を感じた。永遠の愉楽の中にいた。
リンが動いた。小型拳銃を右手にマックのやや右に向かって走りだした。足音のない肉食獣のようなしなやかさだった。それを察したマックは体の方向を少し変える。正面から食らわせてやる。リンが射程に入る。マックからはやや左正面。リンは右足を踏み込んで銃口を向ける。
おれの勝ちだ! マックは己が一点に集中して早撃ちモーションに入る。が、その刹那のこと、リンはマックの左肩に左手を乗せると、虚空を一回転してマックの後ろに回りこむ。マックの早撃ちは河原に虚しく散る。ほのかな冬の日差しが放物線を照らす。
「残念だったわね」
言うと同時にリンは背後に抱きつくような距離から小型拳銃を連射した。マックの背中に無機質な穴が何個も開いた。
「そう……かな?」
崩れ落ちながらマックが声を絞り出した。マックの右手はリンの右足のつま先を指さしていた。そこには、わずかながらの透明な液体がついていたのだった。
リンはマックが息絶えるまで見守っていた。やがてマックの呼吸が止まると、早撃ちの残滓をあえて右足から踏みつけてその場を去っていった。
―完―
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