浜崎大『江戸奇品解題』を読む

江戸奇品解題

江戸奇品解題

 大竹茂夫という人の装丁画がなかなかすばらしい本であります。そんなこの本は「実は、鉢植えこそ江戸文化の最たるものである」という作者による、江戸時代の斑入りや変わり葉文化園芸の紹介である。

 江戸の奇品文化は園芸とは明確に区別できる文化である。

 いや、ここまで言っているのだから、園芸からさらにあっち行ってしまった文化の紹介ということになるだろうか。
 登場する人物も、伊藤伊兵衛一族や関根雲停なんかもいるものの、「連」の主催者であった「永島」や「山角」という姓のみ伝わっている人物、「栄伝」や「真和」などの素性のあまり知れぬ僧だったりする。
 連。

 「連」に詳しい田中優子氏によると、江戸時代の連の特徴は、決して巨大化せず適正規模を保つこと(そのため連の数が増える)、存続を目的としていないこと、コーディネイターはいるが強力なリーダーはいないこと、費用は参加者が各々の経済力に従って負担すること、パトロンと芸術家、享受者と提供者の分離がなく全員が創造者であること、メンバー各々が多名であることを挙げている。(田中優子著『連(Ren、Lien)とは何か』)

 そんな奇品好きのマニアの集まりである。

 連においては身分が武士か町民か農民かということは問題とされず、メンバーどうしは原則的に対等であった。奇品を見定め、栽培する技術を持ちさえすれば、誰も奇品家になれた。たとえ農民であっても、奇品ひとつで武士と対等に渡り合えたのである。これが奇品の素晴らしさのひとつだった。永島連は、身分や金銭というものを超越した精神的な共同体であったのだ。
 鉢植えや奇品の文化は、上方の公家や僧侶など特権階級の中で発展した文化ではない。江戸という人情味あふれる世界が育んだ、日本独自の文化にほかならないのである。

 これはおもしろい。東インド会社やヴィーチ商会のように巨大化して世界中にプラントハンターを送ることもせず(まあ、鎖国してたから無理だったが)、ひたすらに手元の植物、万年青だの松葉蘭だのに血道をあげていたのである。ロバート・フォーチュンが「イギリスには斑入りのアオキくらいしかないのに!」と叫んだ(多分)のもうなずける話である。しかしまあ、ヨーロッパがチューリップなら、日本の金生樹(かねのなるき)ときたら、オモト、フクジュソウタチバナ、ソテツ、ナンテン、マツバラン、セッコクあたりなのだからおもしろい。
 さらには、鉢植えの鉢の方のこだわりもすごい。近デジなどでも見られると思うが『子不老草名寄』(こおもとなよせ/http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2543076)など、万年青よりも色とりどりの鉢に目が行ってしまう。このあたりのマニアックさも見逃せない。……と、思いきや、だ。

 「小万年青名寄」を見ると、きらびやかな植木鉢が目に飛び込んでくる。忠暁はたとえ展示のためといっても、高価な植木鉢を作らせたりはしなかったろう。描かれている植木鉢は、実際には存在しなかった空想の植木鉢ではないだろうか。

 なんとも奥深い。江戸の過ぎ去りし日々の面影といったところだろうか。そうだ、今ではどれだけ当時の品種が残っていることだろうか。マニアがいるだろうか。いや、それでもいるだろう。いてほしい、そう思うのだぜ、なんだかわからんけどな。
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