君のマグカップは、ずいぶん小さかったのだな。
手にとって洗ってみて初めてそう思った。
君が帰らなくなってもう三日経った。
三日経って初めてマグカップを洗った。
ずいぶんといけない夜を過ごしたものだった。
君が「ココナッツの香りがする」と言ったことを、
ぼくはまだ解せずにいる。
「宇宙は一つの林檎であり、人間はその種子である」。
崩れかけたコンクリートの階段を下った。
砂浜には波が押し寄せた。
そして、引いた。
どこまでも淡い青色だった。
(空も、海も)。
一艘の舟が打ち捨てられていた。
まるで昔の名前のように。
あのとき競馬場にたなびいていた煙草の煙のように。
君は二度と帰らない。
君の夢のように帰りはしない。
おれは飛行機の乗り方も知らないし、
背中に羽根もはえていない。
どこかに飛んでいけたらいいのにな。
はい。
すべての馬は薔薇のために走り、
おれは追憶の香りの中を生きる。
すべての馬が思うがままに走りきったあと、
おれは忘却の中で眠る。
「宇宙は互いに縛り合わされた大きな弾力性のあるもので、
膨張し収縮するような巨大な気球の集合体であると想像できよう」
ぼくは忘却の中で目を覚ます。
ジャスト・ジョーイ。
あの日、薔薇の花が咲いたこと。
君のマグカップにコーヒーを注いだこと。
羽ばたくたびに苦痛が襲う。
人はむかし、鳥なんかじゃなかった。
ぼくはひどく困憊している。
ぼくはひどく錯乱している。
波打ち際にカモメの骨を見た。
あわれな人類、
最後の一人。
石を積み上げては崩し、
石を積み上げては崩し、
心にもない愛の言葉をつぶやいて、
心にもない呪詛を刻み、
崩れかけたコンクリートの階段をのぼり、
霧たなびく森の中へ帰ってゆく。
空に三日月。
海に真魚。
「五大皆響きあり」。
ありがとう。
さようなら。
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