横浜ラーメン紀行・K0002 山手『奇珍』

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おれが山手に引っ越してきてどれくらい経つだろうか。一回、山手から山手へ引っ越しもしている。そして、近くにあるのが「奇珍」である。「古そうな中華料理店があるな」と思っていたが、しばらくしてそれなりに有名な老舗であることを知った。行列ができていることもある。おれはあまり行列を好まないので、少し歩いて酔亭などに行ってしまう。あと、なんかカウンターなくて、一人で入りにくいし。

それで思い出したが、山手から山手の引っ越しのとき、助っ人を頼んだ。その助っ人と一緒に「奇珍」の扉を開いたことがある。満席だった。われわれは腹が減っていたので、歩いてべつの洋食屋に行った。その洋食屋はもうない。だが、「奇珍」はおそらく世界の終わりまで存在しているだろう。

2019年7月21日、参議院選挙の日。ふと、「投票を終えたら奇珍に行ってみよう」と思った。思ったのだからしかたない。11時15分くらいに投票を終える。そのまま「奇珍」へ向かう。奇珍の開店は11時30分である。少し遠目に人が集まっているのが見える。行列ができていた。「せっかく投票するのに外に出るのだから、ついでに奇珍で昼飯食うか」と思った近隣住民が多いのか、いつもこんな感じなのかわからない。ともかく、おれは生まれて初めて「開店前の飲食店に並ぶ」という体験をした。

しばらく待つと、ガラガラガラーっとシャッターが開く。ぞろぞろと行列客が店内へ入る。店員さんが「お好きな席へどうぞ」という。やはり店内にカウンター席はない。この混雑で一人客のおれがテーブルに座っていいのか? などと思う。思ったが、端っこになんとかスペースを使って作ったような二人席があるので、そこに座った。正面に「さくら湯」の名の入った鏡、右を見ても鏡。おれに監視されるおれはおれに監視されながら飯を食う。

店員さんが来る。注文は決まっていた。「竹ノ子そばとシュウマイ」、これである。初めて来ておいて「これである」もないものだろうが、なんとなくそう思ったのだからそれでいいではないか。

しばらくすると、カラシの塗った小皿が置かれる。

それからしばらくすると、シュウマイが来る。麺を待つべきか一瞬迷うが、やはり作りたてをと思い一個食べる。おいしい。はっきりと肉の味がする。少し甘めで、カラシ醤油とよく合う。もう一つ食べる。しばらくして、また一つ食べる。

残り一個というところで、竹ノ子そばが来る。わりと大きな丼だ。店員さんが自分の手前に置いてあるシュウマイと小皿をどけようとしてくれたので、「あ、自分でやります」と言う。言って、丼を持ち上げようとすると、意外に重い。すると、手際よく店員さんが皿をどけてくれた。気づかいである。

さて、竹ノ子そば。メンマ多めのラーメンではない。タケノコなのである。タケノコの柱が何本も入っている。ほどよい固さに、染み込んだ味。これは食べたことがない。麺はというと、底の方に細いのが沈み込んでいる。この細さ、久々だ。スープは甘め。ただ、甘めといってもそんなにいやらしい甘みではなく、やさしい味だ。途中からコショウをかけてもいいだろう。

食べ終える。満足である。そして、おれが山手に引っ越してきてから二十年近い宿題になっていた「奇珍で食べる」をクリアした。さて、お会計……と思ったが、伝票がない。どうするのか。よくわからないが、入口横のレジへ行く。

そこで事件は起こった。というほどではないが、レジのおばあさんが転んでしまったのである。おれの前に並んでいた夫婦らしき人が、しきりに「大丈夫ですか?」といって、起き上がるのを手伝おうとしている。店員さんは少し気にする素振りを見せつつも、他のお客さんをさばいている。

やがて、立ち上がり、おれの前のお客さんの会計が終わる。レジの横に、注文を取ったさいに店員さんが書いたメモの紙が置いてある。ここで自己申告して、注文メモと一致するものを確認し、支払うというシステムのようだ。おばあさんがレジを操作する。するとどうだろう、合計2400円以上。いや、ちょっと待て、と思う。と、おばあさんもちょっと待て、と思ったらしく、レジを打ち直す。1200とちょっと。おれは千円札と三百円を出す。おばあさんはレジではなく電卓を打つ。お釣りをもらう。「ごちそうさま」といって外に出る。店外には数人の客が並んでいた。

空はひどく曇っていて、それでも雨は降っていないのだけれど、ひどく蒸し暑かった。

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