はやく寝ないと言葉がはねない。羽根がなくなって気ままに飛べない。気ままに飛べた試しがあったろうか。家から出て十歩、舗装されていない道、雑草。
言葉ははねなくてはいけない。ア・ソンレンセ。言葉がはねて、踊ったあとに、草は芽吹き、花も咲く。雨の日の洗濯物はまだ部屋干しのまま。
ここでおれの沈鬱を披露しようが、しまいが、おまえの人生はおまえが生きているのだろうし、おれの言うことが気に食わなければ、おれよりも影響力のある言葉を行使せよ。
光の船団がヘリオポーズを横切る。エラガバルスは酒杯を片手に冷たく笑う。逃げ馬が最終コーナーに差し掛かり、カメラが二番手集団に移る。その刹那、差は広がっている。
金子大榮は昭和十九年に発行された『佛』のなかでこう述べている。
佛は名に於てある
それからもう一つ申しておきたいことは、佛はお名前の上にある、といふことであります。これはお大師さまのお書きになつたものからも知られることでありませうが、それだけでなく、日本へ佛教が入つて来ました時から、段々、出て来ました一つの考であります。更に遡れば遠く印度から始つてをることであります。お藥師さまは何處にあるかといふと、南無藥師如来とお名前を称へるが可い。そのお名前の上にお藥師さまがおゐでになる。阿彌陀さまは何處におゐでになるか。南無阿彌陀佛と称へるが可い。その南無阿彌陀佛といふお名前の上に、佛さまがある。かういふことが一つあるのであります。
はやく寝ないと言葉がはねない。夜が深まるにつれてそれは重くなる。重力がたまりきったところで朝になる。いまどき鶏は鳴かない。鶏のササミにはプリン体が多く含まれている。ピザハットからの衝撃価格。
おれは名前というものが好きだ。おれの名前が好きだという話ではない。この世においてなにかが名付けられているということがおもしろくてたまらない。固有名詞もいいが、専門の人間にしかわからないような言葉も好きだ。おれが死ぬまでに、おれはすべての名前を知ることはできない。虚無回廊、滞欧日記。
第一回ジャパンカップ。サクラシンゲキ。マイルでも長い馬が、世界の競馬人に日本にもこれだけのスピードがある馬がいると見せるために、チャンピオン・ディスタンスに出走してきた。サクラシンゲキは逃げた。ハイペースで逃げた。のちに「日の丸特攻隊」と呼ばれるほどに逃げた。直線に入る。ついてきてる馬は外国馬だけだった。フロストキングに並びかけられる。実況は言った「サクラシンゲキがんばった」。サクラシンゲキはそれでも直線の一瞬、夢のようななにかを見せてくれた。サクラシンゲキの馬主はさくらコマース、そのオーナーは朝鮮半島から渡ってきた全兄弟だった。
フランチェックベニスタが走り出す時刻になった。外は寒い。部屋はあたたかい。そのうえおれは厚着をしている。おれは一番上のジャージを脱ぎ、抗精神病薬と抗不安剤、そして超短期型の睡眠導入剤を飲んで寝るのだろう。寝られたらいいのだろう。リズムにのって。
そして、全世界駆動のメリーゴーラウンドは素っ頓狂な電子音をリバーブさせながら、歯車仕掛けの駱駝を四方八方に射出した。健全な国民が太陽を拝んで、おれはひとり日陰で食べられる草を探している。ニュージャージーのサナトリウム、コペンハーゲンの青果店。塵芥、塵芥、塵芥!