第一回WBC日本予選秘話

第一回WBC日本予選大会が東京・上野のホテルで行われたのは、まだ肌寒い春のはじめのことだった。WBC―わいせつな・棒・クラシック。日本全国からわいせつ棒職人たちが自慢の棒を持ち寄って、日本代表を決める。そして、その勝者は世界に立ち向かうのだ。

ぼくも、世界を目指すひとりだった。N県の代表として本戦に勝ち進んだ。ぼくの家は昔より、一刀彫で神社にわいせつな棒を奉納してきた一族だった。ぼくは若くして「木目使いの天才」と呼ばれ、荒ぶった棒に美しい木目を活かした技法は一目置かれていた。そうしてぼくは県の代表になったのだ。

ぼくには自信があった。日本の伝統技術を受け継ぎつつも、ぼくの若い才能がそれをまったく新しいものにしている。とはいえ、各地方の代表者も選りすぐりの職人たちだった。銘刀の鞘にわいせつ技法を凝らしたもの、AIを搭載し複雑な動きをする棒、密教の異端派の伝統によって作られた呪物……。いずれもあなどりがたいものだった。

と、そこに、作務衣を着た一人の老人が姿を表した。「新幹線の駅で迷ってしまってな……」といいながら、その老人は紙袋からおもむろに自分の作品を取り出した。

いや、それを作品といっていいのだろうか。それは、こけしだった。しかも、土産物屋の値札シールが貼ってある、ただのこけしだ。会場の空気がざわつくのを感じた。

しかし、だ。それを正面に見据えた審査員たちの表情がみるみる変わっていったではないか。異変に気づいた職人たちがこけしに集まってくる。ぼくも人をかき分けて、そのこけしを見た。そのこけしの「目」を見た。

こけしの目は、虚無の黒だった。だが、その虚無のなかに、ぼくは自分のわいせつを見た。自分の考えるわいせつ、自分が表現するわいせつ、多少の驕りや見栄、そんなものまで見えてきた。こけしの黒い目に、すべての人はみずからのわいせつを見た。そして、魂の深いところに引きずり込まれたのだ。

勝者は、文句なしにその老人だった。

その後、WBC本大会はどうなったのか。ぼくのような一介の職人には知らされることはなかった。ある者は世界一になったといい、ある者は本戦を前に老人は姿を消したという。あの老人も、あのこけしも、その後の行方は杳として知れない。

しかしぼくは、いつかあの虚無の目を乗り越える。そう決めて、今日も刃の導くままに、木に対峙する。いつか、世界の舞台に自分のわいせつな棒を見せつけるために。