こっちのいい空気 くるり『感覚は道標』の感想

 

 

くるりとおれ、おれとくるり。おれがくるりに興味を持ったのは「ワールズエンド・スーパーノヴァ」だった。中二病的に洋楽ばかり聴いていたが、この曲はいいな、と思った。そして、シングルを買った。買って一緒に入っていたのは「ばらの花」と「ワンダーフォーゲル」だった。おれはすっかりくるりが好きになった。

 

好きになって、アルバムを買ってみた。『図鑑』だった。「なんか違うな」と思った。あとになってみれば『図鑑』もいいアルバムだったけど、「ワールズエンド・スーパーノヴァ」を求めていたおれには「なんか違うな」だった。

 

「なんか違うな」のくるりだったけれど、それからも聴きつつづけた。聴いていて、二十歳年上の女の人にもすすめた。女の人はくるりをたいそう気に入ったみたいで、いろいろな変化をするくるりを一緒に聴いて、おれもいっそうくるりを好きになった。ライブにも何度も一緒に行った。これからも行くだろう。

 

というわけで、おれにとって「くるりの初期メンバーが戻ってきた!」という感慨みたいなものはない。だって、デビュー当時を知らないのだもの。おれにとってライブで会うくるりは、松本大樹、野崎泰弘、石若駿の体制のほうが多いだろう。

 

で、オリジナルメンバーでの『感覚は道標』だ。収録されている曲は何曲か横浜ベイホールのライブで聴いていた。

goldhead.hatenablog.com

(このエントリー、Xで岸田繁さんに言及されたので自慢です)

 

で、このライブのとき、岸田さんが「今日はじめてNew Jeans聴いたけど、いい空気吸ってるな」みたいなことを言った。もう一人、アメリカで人気のミュージシャンの名前を言っていたが、記憶が確かでないので書かない。まあともかく、それで笑いをとったあと、ちょっと小さな声で「こっちもこっちのいい空気吸ってるけどな」みたいなことを言った。

 

それを聞いたおれは「オルタナティブってこういうことなのかな」と思った。佐藤さんもニューアルバムについて「現在の流行と全く関係ない」みたいなこと言ってたけど、ああ、くるりにはくるりの「こっちのいい空気があるんだろうな」と思った。

 

して、そのニューアルバムが『感覚は道標』だ。これについて、自分の感想よりさきに、「やっぱりそうなのかな」と思ったインタビュー記事を引用したい。

 

くるり×田中宗一郎が語り合う『感覚は道標』が2023年に生まれた意味 オリジナル編成で見出した“原点回帰ではない新しさ” - Real Sound|リアルサウンド

 

岸田:うん。決定的な1曲は作れなかったというか、「作らなくていいかな」という感じがあったんですよね。みんな「東京」みたいなのを期待すると思うし、僕もそういうムードになれば書こうとは考えてたんですよ。でも、今回の気分やスピード感、そしてタイミングなんかを考えて、「ここで“良いソングライティング”をしちゃうと、このセッションを壊しちゃう」と思ったんです。

 

おれがこのアルバムを何回か聴いてみて思ったのは「スルメみたいなアルバムだな」ということだ。噛めば噛むほど味が出る。でも、強烈なテイストはない。おれは音楽について語れる言葉は少ないけれど、たとえばBeckの『Sea Change』というアルバムは、手に入れた当初は「なんとなくこれといってないな」と思っていたのだけれど、しばらく時間が経ってみると、「Beckのなかでもすごくいいアルバムじゃないか」となって、繰り返し聴くようになった。そういうのがおれのなかで「スルメのアルバム」だ。

 

で、『感覚は道標』は、最初からスルメのアルバムだった。ここ何作かのくるりのアルバムのなかでも、発売されてすぐに買って、こんなに何度も繰り返し聴いているのはほかにない。とくにこの一曲、というのはない。もちろん好きな曲はある(「I'm rearlly sleepy」、「California coconuts」、「In Your Life」)が、なんか全体を通していい感じなのだ。

 

このあたりは、おれの音楽無知でうまく説明できないが、全体的にシンプルで、それでいて飽きないところがあって、ともすればある一曲をリピートして聴く癖があるおれが、アルバムを通して繰り返して聴いている。さきに書いたように、初期のくるりを同時代で知らないので、これがそうかとかどうかとかわからない。わからないけど、ひょっとしたら、初期のくるりが好きな人にはより刺さるかもしれない。

 

というわけで、おれはこのアルバムがたいそう気に入った。難しい感じもしないし、いい感じの曲ばかりで、全部で一体となっていて、聴いていて飽きないところがある。このアルバムのなかで、どの曲がライブでの定番になるのかわからないが、どれがきてもいいぜという気もする。

 

女の人と『くるりのえいが』を観る約束もしている。キャッチーな一曲があるとは限らない(人によってはあるだろう)が、なんかいいアルバムとして、スルメのようなアルバムとしておれはこれが好きだ。くるりの方向性があっちいったりこっちいったりするのについていけなくなった人(もいるのかな?)にもあらためて聴いたらなんかあるかもしれないし、もちろん初めてくるりを聴く人にもいいかもしれない。少し地味かもしれない。でも、たとえば「ハイウェイ」とか好きな人ならはまるんじゃなのかな。

 

以上。