彼らが最初共産主義者を攻撃したとき
wikipedia:彼らが最初共産主義者を攻撃したときナチ党が共産主義を攻撃したとき、私は自分が多少不安だったが、共産主義者でなかったから何もしなかった。
ついでナチ党は社会主義者を攻撃した。私は前よりも不安だったが、社会主義者ではなかったから何もしなかった。
ついで学校が、新聞が、ユダヤ人等々が攻撃された。私はずっと不安だったが、まだ何もしなかった。
ナチ党はついに教会を攻撃した。私は牧師だったから行動した―しかし、それは遅すぎた。
ネット上でよく見かけるマルティン・ニーメラー牧師による詩。なるほど、ぐっとくるところのある、力のある言葉だ。言わんとするところがスッと入ってくるし、結末にはぞくっとなる。時代を越えて語り継がれる言葉だろう。これを読めば、今日からがんばってニーメラっていこうって思えるではないか。
ドイツ共産党のしていたこと
が、ある本を読んでいて、ふとこの詩について気になったことがある。本は吉本隆明の『甦えるヴェイユ』だ。ヴェイユが見た第一次大戦後のドイツ、ナチが台頭しはじめるあたりのこと。
ドイツ共産党の振舞いに判断をくだすには、一方でヒトラーのナチス党との関係、他方で社会民主党との関係をみるほかない。共産党が優秀だったら社会民主派の労働者を反撥させずに包みこみ、またヒトラー派の労働者をじぶんの方に獲得できるはずだった。過激さではヒトラーのナチス党は共産党とおなじになっていたので、スローガンの上では類似してしまい、これは中間の社会民主主義派を遠ざけることになった。そしてドイツ共産党は改良派の労働者を獲得するのに言葉のうえの宣伝だけで、社会民主党の指導者たちを裏切り者よばわりしている。そして社会民主党に対して「主要な敵」「社会ファシズム」というきまり文句をならべたてる。ヒトラー派にたいしてしばしば統一戦線を組んで社会民主派に敵対した。国家主義的宣伝の面ではドイツ共産党はヒトラー運動の先導者になってしまった。
(P26〜)
社会民主党は共産党にたいして「各党それぞれの視点や独立権をもちつづけながら憎しみ合うのをやめよう」と提案したが、共産党は拒絶してしまった。
(p28)
ドイツ共産党のおもなあやまりは社会民主党派を「主要な敵」とみなして、統一戦線を結ぼうとする相互理解をサボタージュしていることだとヴェイユはのべている。
(P29)
えー、ドイツ共産党はむしろナチス寄りで社会民主党を敵視していたのかい? と、正直俺はこのあたりのドイツの政情などまったく詳しくないので、Wikipediaを見たりするのだ。ちなみに本書はこのページまでしか読んでないので、後からなにか出てきても知らない。
当時、共産党はコミンテルンの指示のもと社会民主主義を敵視する社会ファシズム論へ傾いていたこともあり、社会民主党打倒という点でナチスとは協調路線をとっていた。1932年1月、コミンテルンから派遣されたドミトリー・マヌイルスキーは、「ナチスは社会民主党の組織を破壊するがゆえにプロレタリア独裁の先駆である」と述べ、これを受けて共産党のヘルマン・レンメレは「ナチスの政権掌握は必至であり、その時共産党は静観するであろう」と述べている。このため共産党は議会では法案の提出・反対動議をナチス等と共同で行い、大規模な交通ストライキを協力して組織する等、共闘することも多かった。
えー、共産主義と社会民主主義、あるいは社会ファシズム論がなんなのかようわからんけど、ナチスと共闘していたのかい。それで、いいように利用された(?)あとに、ぶった切られて弾圧されると。
と、まあ、正直なところ、これがどうなのかわからん。先の本ではどこまでヴェイユの見方で、どこまで吉本隆明の史観かわからんし、そのどちらであっても正しいかどうかわからない。Wikipediaについても、今のところ誰かによって書き換えられていない内容、といったくらいの信頼性しかない。が、まあ、少なくともそういう見方はあると。
ナチ党が共産主義を攻撃したとき、私は自分が多少不安だったが、共産主義者でなかったから何もしなかった。
ついでナチ党は社会主義者を攻撃した。私は前よりも不安だったが、社会主義者ではなかったから何もしなかった。
で、もしも共産党が社会民主党を敵視、あるいは攻撃していたとしたら、この詩はどうなってしまうのだろう。いや、俺は、この詩が史実的に見て正しいとか、正しくないとか、そういう話をしているのではない。ニーメラーは俺が考えているのと違う時代の違う事件のことを指しているのかもしれない。そうじゃなくて、なんというのだろうか、ナチをナチと言えるのは、後付けにならざるをえないのか、というような疑問。
そう、この詩はといえば、なにか循環するような構造になっていて、最後まで行ったらもうおしまい、サヨナラじゃなくて、「ああ、共産主義への攻撃が他人ごとだと思っていたら、こんなことに」というふうになって、それで、共産党(でもなんでもいいけど)が弾圧されていたら、連帯して抵抗しよう、と、意識として最初の行に戻るわけじゃん。それでこれからは生きていこうと。
でも、なんだろうね、いや、実在の党や国の話だと、史実的な整合性になるから、最初から○党だの△党だのにしとけばよかったか、まあいい、せっかく近くにあったから、仮に、共産党とナチス、これ。これで、タイムマシンに乗ったニーメラーが共産党と連帯したとして(官僚的傲慢さで拒否されるかもしれないが)、それで一緒んなって攻撃する対象は社会民主主義者かもしれないわけだ。なんか話違うかもしれない。ものごとはきれいにドミノ倒しになるとは限らない。
あるいは、失業者の割合超高いドイツ共産党がなにかしらうまくやって、勤め人の多い社会民主主義者を取り込んで、ナチスを駆逐したというな可能性だってないわけじゃないだろう。しかし、それでできた共産ドイツが、スターリニズム的粛清の嵐吹き荒れる悲惨な国になる可能性もあるわけだ。その共産ドイツの荒廃を嘆くパラレル・ワールドのニーメラーは、どんな詩を書くのだろう。
まったく、どうニーメラったらいいんだ?
最小と極大
難しい話だ。後付であれば、あれが悪であった、誤りであったと名指しすることはたやすい。だが、残念ながら今日からニーメるのに(だからなんだよその動詞は?)、タイムマシンは使えないのだ。支配と悪虐に対する抵抗だ! と飛び込んでみて、気づいてみたらどっかの異民族を大量虐殺していないとも限らない。まあ、歎異抄じゃないが、えてして人間のおろかさといえばそんなものなのかもしれないが。
でもなんだろう、俺の妄想によると(すごい説得力のあるソース)、ふたつ大切なことがある。一つは極小のこと。身の回りの、日常の、些細な違和感。ちょっとした息苦しさ。これに敏感になること。たとえば、集団や組織の空気に慣れすぎないこと。においをかぐこと。
そしてもうひとつは極大のこと。はるかかなたの究極のこと。たとえば、56億7千万年後くらいには、人間が客観的制約からぬけ出て、主観的自然法爾の世界に入ってればいいな、めいめいが勝手に踊ってそれが調和してればいいな、と、そんなところに羅針盤を向けること。このふたつを意識することによって、よりよいニーメリー・ライフを送れるのではないか。俺はそう思う(本当かよ?)。