さて、帰るか

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まず自分をこの世に必要な人間とせよ。そしたらパンは自然に得られる。

―エマーソン

仕事はあるのか、ないのか。給料は出るのか、出ないのか。おれは明日食えるのか。食えるだろう。明後日も食えるだろう。だが、半年後は? 一年後、五年後、十年後。おれにはパンが得られる自信がない。おれは頭がわるい。生きる力が欠けている。圧倒的にだ。自死か路上か刑務所か。おそらくおれは睡眠薬を大量に飲んで、なけなしの金で買ったちょっといいスコッチを飲み干して、スーパーのビニール袋を頭にかぶるだろう。ヘコー、ヘコー。経済的な理由で死ぬのならば、それは自殺でなく他殺であると寺山修司は書いていた。予告された殺人の記録。一年後、四年後、七年後。裏スジにも注意しろ。そこで三味線を弾いてるやつのことを信用するな。だれも信用するな。明日の収入を信用するな。住める家があることを信用するな。おれはじわじわと殺されている。警察に駆け込むこともできない。警察がなにをするというのだ。カツ丼は慈悲ではなく自費。それにおれはカツ丼があまり好きじゃない。それはおれが本当においしいカツ丼を食べたことがないというだけですよ、というのならば、おれに本物のカツ丼を食わせてみろ。おれが生理的に無理というレベルで食えないものは少ないが、できれば避ける食べ物というものはいくらかある。カツ丼はその一つだ。冷やし中華もその一つだ。それでもおれは夏になると一度はコンビニの冷やし中華を食う。食って確認する。やはりおれは冷やし中華が苦手なのだと。なんのための確認なのだろうか。おれが昨年のおれと変わらないことの確認か? 変わってないのがいいことなのか、変わっていたら喜ぶのか。おれは変化を好まない。おれはいつまでも今のおれでありたい。幼稚なままで新しいチャレンジというものから逃げつづけてきた。あるいは、チャンスが走り去っていくのを見逃していた。おれは布団をかぶって寝ていたいだけなんだ。けれど、もう季節も変わってきて、布団をかぶるのも暑くていやになる。昨日なんて花火の音が聞こえてきた。端っこでも見えないかと少し外に出てみたが、火星くらいしか見えなかったぜ。

火星しか見えなかったんだぜ。