おれはわりと植物の話が好きである。
べつになにかの園芸植物にのめりこむわけでも、家庭菜園をするわけでも、そこらの樹木の同定ができるわけでもないが、漫然と、漠然と好きだ。
なかでも根粒菌の話などが好きで、「なに? イネ科で窒素固定?」とかいうニュースなど見るとテンションが上がる。
遺伝子編集でつくられた窒素固定細菌が、化学肥料の“代替”になる日がやってきた|WIRED.jp
一方、ピヴォット・バイオは、すでに自然界にあるものに活路を見出した。同社はトウモロコシの根に棲む細菌のなかに、窒素固定遺伝子がDNAにエンコードされている種が存在することを知っていた。
しかし、窒素固定はエネルギー消費が極めて大きいプロセスであるため、これらの細菌は必要なときしか遺伝子のスイッチを入れない。そして、農家はトウモロコシ農地に必ず窒素肥料をまくので、この遺伝子は何十年も休眠状態にあった。
そのスイッチを入れ直すだけでいいのだ。「わたしたちは微生物がもともともっていた能力を目覚めさせようとしているだけです」と、テムは言う。
こんな話、すごく面白いじゃないかって思う。まあべつにおれは化学肥料も遺伝子組み換え作物もぜんぜんオーケーなんだけど、遺伝子組み換え反対派の人は、このスイッチ・オンをどう考えるのだろう。
というわけでろくでもない低水準の知識で(あ、おれは算数と理科がわかんなくて涙目の小学生がおっさんになった生物なので)、おれもたまには植物の本を読む。
作者の二文字目が「?」になっているかもしれないが、柳の異字体「栁」、黒柳先生だ。
植物は多彩な二次代謝産物(天然有機化合物)を生合成し蓄積しており、その人間に対する有用性が注目されてきた。しかし、植物にとっての二次代謝産物の存在意義についてはあまり議論されてこなかった。近年、植物の成長と繁殖のための生命活動を巧みにコントロールしている二次代謝産物の役割が明らかになってきており、植物による化学戦略が解明されつつある。
「はじめに」
というわけで、そういう本である。もちろん、「マメ科植物と根粒バクテリア」についても述べられている。
残念ながら、植物には窒素を固定(アンモニアなどの化合物に変換して生体に取り込む)する能力がないため、雷などの放電による自然現象で大地に降り注いだ窒素化合物を取り込んで利用している。
へえ、雷。「稲妻」には根拠あるのかな、などと思ったり。まあ、そういう研究もあるようだけれど。
「雷の多い年は豊作」伝承は本当だった! 島根の高校生が実験で突き止める(1/2ページ) - 産経WEST
まあいい、そういうわけで人間はハーバー・ボッシュ法で肥料を作ったりするわけだが、マメ科の植物は窒素固定のできる微生物と共生して、肥料をセルフ調達している。だから、木本のニセアカシアがグワーッと繁殖しちゃうのとかもそのあたりだろう。というわけで、その共生に関与するフラボン誘導体として、ナリンゲニン等のフラボン誘導体やダイゼイン等のイソフラボン誘導体が……って、そんなん知らん。化学式も載ってるけど、無視。いや、著者も「はじめに」で苦手な人は一瞥すればいいって言ってるし。
最近はあまり見られなくなったが、かつては田んぼにレンゲの種をまき、5月頃に花が満開になると田んぼにすき込み、水を入れ田植えが始まる光景が普通に見られた。……近年は、合成窒素肥料が便利なため、レンゲをすき込む方法はほとんど行われなくなり、ピンク色のパッチワークのような田園風景が見られなくなりさみしい限りである。
マメ科植物が持つ根粒菌との共生能力を、イネ科の植物や野菜に付与することができれば、窒素肥料の使用量を大幅に減らすことができ、多いな経済的メリットになる。
というわけで、化学式は一瞥で、こういうところを読む。なるほど、イネ科に根粒菌というアイディアはわりと考えうるものであったのか。
光合成
で、いきなり話は本書の頭のほうに戻る。
半永久的(あと50億年は光り続ける)に降り注ぐ太陽の光を利用して、二酸化炭素と水からグルコース(ブドウ糖)を供給してくれる植物による光合成は、地球生命の生存を担っている。光合成を人工的にできれば、人類をはじめとする地球の生命にとって大きな恩恵が与えられる。そのため、昔から多くの科学者が人工光合成に挑戦したが、未だに実現されていない。
小学校とかで、植物についてまず習う……まずかどうかわからないが習うのが「光合成」だ。その光合成、まだ人工化に至っていない。部分的には、非実用的には技術が確立しているらしいが。
光合成、難しいか。関係ないけど、人工血液もできてないっぽいし、科学にはまだまだやるべきこともあるのかな、などと。いや、AIによって一気になにか成し遂げられてしまったりするのかもしれないが。
あと、光合成をする動物、というのもいる。その名も「ハテナ」(Hatena arenicola)だ。
【第1回】ハテナという生物:植物になるということ < 一般向け情報 | 日本植物学会
あとは、サンゴやイソギンチャクは藻類を体内に住まわせていたり、海藻類を食うときに葉緑体を消化しないで体内に溜め込んで光合成をしているウミウシの仲間(Elysia chlorotica)なんてのもいるらしい。地球生命、もとを辿ればみな兄弟、なんかね。
エチレン
追熟や渋抜きには、エチレンガスを盛んに発散するリンゴと一緒にビニール袋で保存する方法や、弱いエチレン作用のあるアルコール飲料である焼酎等を未熟な柿のヘタに塗って保存することがしばしば行われる。
また、最も身近な例はバナナだ。我が国ではバナナは害虫侵入の防疫上の問題から成熟したものは輸入禁止されているうえ、傷みやすいので青い未熟な状態で収穫された後、国内で室に保存してエチレンガスにさらし、温度コントロールのもと追熟が行われ、よく見る黄色いバナナとして市場に出される。
いや、こないだ会社で上司が渋柿に焼酎塗ったのどっかから買ってきて、一週間くらいして食べたのだけれど、甘かったね。それとバナナね。成熟したバナナが輸入禁止とは知らんかった。……まだ青めのバナナを買って、焼酎を塗りつけるというのはどうだろうか。自分で食べごろを決める。とか思って「バナナ 焼酎」で検索すると、カブトムシやクワガタムシを捕まえるトラップの話ばかり出てきた。おれ、昆虫はあんまり興味ねえんだな。
アレロパシー
アレロパシーも、おれが植物について好きなことがらの一つだ。他感作用。なんかほかの植物が生えにくい化学物質を放出するやつ。植物にしてはアグレッシブだ。セイタカアワダチソウなんかはそれが強い。本書によると、日本での猛攻も、最近では勢いに陰りが見られるらしいが。あとは、奈良公園のナギから発見されたナギラクトンとか、オニグルミのユグロンとか。
ヘアリーベッチ(Vicia villosa)というマメ科ソラマメ属の植物は、強い窒素固定とアレロパシーがあるため、果樹園や耕作前の田畑や休耕地にすき込んだり、敷きつめて使えるらしい。窒素補給と雑草防止の一石二鳥。
芝・緑化・緑肥 〜タキイの緑肥景観用作物〜 - タキイ種苗|ベッチ
最近あまり聞かれなくなったような気がするフィトンチッド。これも人間にはなぜか心地よいが、昆虫や微生物への攻撃だ。
おなじく、トウガラシ、コショウ、サンショウ、ワサビなどの辛味(痛み)も攻撃のはずだが、人間は美味しくいただいてしまっている。これもまた、その辛味(痛み)を快感としてきた人間が、そうでない人間より生存競争でなにかしら有利に働いた結果なのだろうか。ちなみに、「蓼食う虫も好き好き」のタデ(ヤナギタデ)にも辛味があるが、ヨトウガの幼虫であるヨトウムシだけはこれを好んで食すという。昔の人もよく見ていたものだ。まさかポリゴジアールというセスキテルペンがあるのに……という発見のあとに生まれた言葉ではあるまい。
植物のコミュニケーション
植物・食植者。天敵三者系の例としてアブラナ科の植物、特にキャベツとモンシロチョウの幼虫アオムシと、その天敵である寄生バチのアオムシコマユバチとの関係が有名である。
いや、おれ知らんかった。キャベツがアオムシに食われると、シグナル物質を放出する。それによって寄生バチであるアオムシコマユバチが呼び寄せられ、アオムシの体に産卵し、孵化したハチの幼虫はアオムシを食って退治する、という。
……すげえな。これが、突然変異のダーウィン進化の結果というのが、にわかには信じがたくなってくる。どこかの賢いキャベツが生存戦略を考えたようにしか思えない。とはいえ、同じように天敵を呼ぶ植物としてトウモロコシやタバコがあるらしい。
植物間のコミュニケーションがあるということもわかってきたらしい。
植物は、昆虫や草食動物による食害等のストレスを受けると、揮発性のモノテルペンを放出し、さらに植物ホルモンであるジャスモン酸メチルやエチレンも発散する。
あるいは、草刈りを行ったときに漂う独特の匂い。あれもそういった成分で、その情報は同じ仲間の植物のほか、他の植物に対しても伝えられているらしい。トマトなんかも食害情報をほかの個体に伝えて、伝えられた個体は食害昆虫の成長や生存率を低める配糖体を生成するという。いやはや。
就眠運動
最初に載っけた写真は会社の鉢植えで実生から育てた(おれがやったわけじゃないけど)ムラサキソシンカ(と思われる植物)。こいつはえらい早さで生長して、ずいぶんと横浜の室内がお気に入りのようだ。それで、夜になると「おやすみー」とばかり葉を閉じる。昼は光合成のために開いておくが、夜はその必要がないために閉じるという。いや、べつに開いておいてもいいんじゃね? と思うのだが、そうすることによってなにかしらの有利な点があったのだろう(食害を受けにくいとか)。これも、あるいはオジギソウのあれも、化学物質の働きだそうだ。
生物は無駄なことはしないという考え方からすれば、多彩な二次代謝産物の生合成は、植物にとって遊びではなく何か意味があるはずだとの結論に至る。ならば二次代謝産物は植物の生存戦略のために作られていると考えるのは自然の成り行きであろう。
「あとがき」
生存戦略、意味、といっても、これもまたもちろんダーウィン進化の結果論、ということになる。が、やはりどうしても能動的な進化という印象を持ってしまうし、そこに戦略だの意味だのがあるように思わざるをえないよな、と感じなくもない。そこがまた興味深い。
というわけで、『植物 奇跡の化学工場』。面白いし、ページ量が割かれている毒系の話は抜かしてしまったが、化学式とカタカナの物質名を一瞥するだけでいいというなら、スラっと読めてしまうし、化学式を読めるという人ならもっと楽しめるだろう。生まれ変わったらもっと算数ができて、根粒菌の研究などに身を捧げたいものである。とはいえ、生まれ変わるころには人間が光合成するようになっているかもしれないがな。シドニアー。
それじゃあ、おれもネムノキなので、おやすみなさい。