異世界へ続く商店街にある古本屋について

 山手の商店街、と言ってよいのかどうかわからない。JR山手駅から本牧通りに突き当たるまで、まっすぐに、まっすぐに続く商店街のことである。一年ほど前に引っ越してきて、一度だけ歩いたことがある。店も閉まってしまった後のことで、どこまでどこまでまっすぐ歩いても、先に終いは見えず、いつしか後ろに始まりは見えなくなってしまった。俺はそれ以来、その商店街に足を踏み入れていない。子どもが夜を怖がるのと同じ理由で。
 しかし、昨日は何の魔が差したのか、単に信号のタイミングが合わなかっただけなのか、ふと足を向けてしまった。駅からゾロゾロと商店街を歩いていく人たちがいる。用もなく足を踏み入れ、きっかけもなくUターンするのも変かと思い、あやしの世界へ進んでいく。左手に本屋が見えた。しかし、下手に入ると下手に金を使ってしまう。どうしようとさらにちょっと進むと、同じく左手に小さな古本屋が現れた。
 これ幸いと店外のワゴンを物色。一冊百円の文庫である。特にめぼしいものはなく、手ぶらで店内へ。あまり広くない店内の奥からテレビの音がする。俺は入ってすぐ左側にある本棚をサーチした。サーチ、というのも変だが、何か引っ掛かるものはないか、無心で目を走査させるのだ。ハードカバーが並ぶ中に一冊、ジェイ・マキナニーの『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』以外の本が見つかった。『ブライト〜』はやたら古本屋で見かけるが、それ以外は珍しい。価格を調べると七百円。保留ということで棚に戻す。その横の棚に小さな黒い本。ホルヘ・ルイス・ボルヘス『砂の本』。あまり見たことのないフォーマット。集英社の本だ。価格は五百円。俺は初めて入った古本屋では、必ず何か買うと決めている。何か、挨拶みたいなものだ。
 さて、ボルヘスを手にして文庫本を物色しようと、レジの前を通り右奥の方へ。レジでは老店主が映りの悪いテレビを見ていた。そして、俺は驚いてしまった。唐突にエロが現れたからだ。いや、古本屋の奥にエロコーナーがあるのは当たり前の光景だ。しかし、この店では、なんというか、その境が曖昧なのだ。目の前の棚には普通の文庫が並んでいるのに、目を下に落とすとB5判のエロマンガの単行本が並んでいるのだ。それもおそらく新刊ではなかろうか。ちょっと移動すると、平積みで「少女天国」などの雑誌が、何号も並んでいる。一見ゾッキ本かと思ったが、それらしい値段表記もない。外側から見た店のたたずまいと、エロの色のコントラストが強烈だ。俺は、正直ちょっと戸惑って、エロを検分する余裕がなかった。ここは、山手のエロ供給地なんだろうか? 俺は本の代金を支払うと、足早に店を出た。俺はなんだか、見知らぬ町の裏側を覗いてしまったような気になってしまった。間違いなくここはまだ俺の見知らぬ町なのだけれど。