本牧への旅

本牧通り、そして追憶の道

 いつもとは逆方向を自転車を。目指す先は本牧宮原、山手警察署。免許の更新だ。山手警察署へ行くのは、住所変更の届け出以来。
 麦田町、本郷町、本牧町と、片側二車線の道路を挟むように商店街がだらだらと続く。アーケードは自転車通行可、とはいっても狹い。狹いので車道を行ってもいいが、やはり駐車車両をよけて中央車線にはみ出るのは嫌なので、歩道を行く。
 こうやってだらだらと、延々と続く商店街というのは、自分にとって驚異だ。驚異は言い過ぎかもしれないが、長く暮らした土地にはなかったものだから、やはりちょっとすごいな、と思うのだ。山手駅からこの通りに出るまでの直線商店街にも驚いたが、こういう通りというのも慣れないのだ。
 かつて暮らした鎌倉の地元は、住宅街がほとんどを占めていた。「西鎌倉のメーンストリート」……と勝手に呼んでいた通り(片瀬山駅からモノレールに沿って下り、諏訪ヶ谷の交差点で左折、そのまま一山を登り右手に太太、先に進んで左手に給水タンク、そのしたに西鎌倉幼稚園、もくぼさん、郵便局、動物病院、西鎌倉小学校入り口で終点)にしたって、ぽつんぽつんと小さな店があるようで、こういうのとは違った。似たような感じで一番近いといえば、西鎌小前を右折して生協、西鎌倉駅の手前で道なり左折、左手に焼き鳥屋、小さなレンタルビデオ屋があった。先に進んで、すかいらーく(ガスト?)、日産かホンダ、文教堂、もっと海の方へ、かまくらベーカリー、神戸橋、そして江ノ電とぶつかる。そこを右折すると、腰越の商店街、やおみね、岡田書店、龍口寺……しかし、ここの商店街の雰囲気も、本牧方面のそれとは全然違う。さらに左折して江ノ島方面に洲鼻の通りを行っても違うだろう。む? 洲鼻に左折せずに直進、藤沢に向かう道、やまかストアからパイニイに至る坂とぶつかるまで、そのあたりはどうだったろうか? 少し近いかもしれない。ちょっとよくわからない。以上、突発性トポフィリア終わり。

山手警察午前8時

 ……などと考えながら、まだ開いていない店の多い商店街を通る俺。商店街どんつきの向かい、山手警察署。自転車置き場に自転車を停める。よもやここで盗難に遭ったりして、とは思わないも、いちおうロック。署内に入ると、まずカウンター前で二人の警察官が一人の男から何らかの聞き取りをしており、カウンターの向こうも交通系の格好をした警察官たちがどこからか帰ってきたのかがやがやとにぎやか。あまりに警察署っぽい騷然さだったものだから、一瞬『踊る大捜査線』の世界に紛れ込んだのかとクラッとする。
 向かって右側に免許更新のカウンター。案内ハガキと免許証。詐欺師のような写真。視力検査……。運転用のメガネを忘れたことに気づく。が、両目開いたままでの検査、ストレートにパスする。片目ごとだったらアウトだったろう。ただ、かつて大目にみてもらう人を見かけたこともあったような気がしないでもない。昔のことだ。
 交通安全協会で収入証紙を購入。鎌倉警察署は別棟にあったが、ここでは同階の繋がったカウンター。角を曲がるくらい。書類提出。一言交通安全協会への加入を勧められるが、「いや、今は……」と断る。2,800円。冊子の束を渡され、台で書類に記入をするよう言われる。記入内容は名前と生年月日、日中連絡のつく電話番号、そして数字の「1」。
 最初のカウンターに持って帰ると、今度はすぐそこの部屋で講習、すなわちビデオ視聴を指示される。時間は二十分、見たところまで見たら終わりとのこと。案内ハガキに、講習開始時間が決まっているなどと書いてあったが、いつも通りで安心する。部屋に入ると、椅子が8席くらい。先客二名、スーツを着た白髪の男と、OL風女性。男の後ろの席に座る。

感想文:交通安全講習ビデオ/制作:プロコム

 自分が見始めたとたん出てきたのは、道路でぐったりする75歳男性。三度目の免許更新になると思うが、教習所を含めて見るたびに生々しくなっていくような気がする。また、他の事例。事故車は下品なリアウイング付きのインプレッサWRX。これを覚えておこう。まだかな、まだかな、なかなか時間は進まない。暖かい室内、ともすれば眠くなるところ。ただ、何か腹具合が悪くなってきて、途中で中抜けした場合どうなるかもわからず、緊張をしいられて最後まで意識ははっきりしていた。また、事故映像。運転席から救急隊員に運び出される若い女。腕の角度が変だし、本当にぐったりしている。ナレーション。「この男女も即死」、え、死体かよ。そこまでやってくれるか。
 と、まあグロ映像オンパレードというわけでもなくいろいろなことが運転には大切なんだなあと勉強になりつつ、エンドロール。前の二人はまだ席を立たない。冒頭から繰り返される人生。お、千葉モノレール。いつか乗りたい。と、前の男性が立ち上がり、出て行く。しばらくして、モザイク付きながら頭からえらく血を流す画像。えぐいっと思ったら、今度は女性が立ち上がる。これが目印だったか。そしてやがて、75歳、そしてインプレッサ。立ち上がり、ちょっと気になっていた管内事故発生マップを一瞥、部屋を出る。

誤解

 最初のカウンターへ。鎌倉などでは、先に穴あきの免許を渡され、ビデオをすっぽかしてもいいのでは? というシチュエーションだが、こちらはそうはいかない。まあ、実際のところ、ぜんぜん運転していないので、新しい免許まで空白期間があってもいいのだけれど。
 ところがカウンター、女性職員は客(?)の男性と話し込んでいる。「ここではだめなので、運転試験場の方へ……」云々。すこしかかりそうだ。この隙にトイレに行こうと、目ざとく見つけていた方へ。さすがに警察署のトイレは清潔だ。個室に入り、ここに警察官の二人連れなど来て、面白い話でもしてくれないかと期待するが、静かなものであった。
 用を足し終え、ズボンをはいたところで、突然鳴り響く木村カエラの"Yellow"。俺の携帯の着メロ。会社からだろうか? 違う、着信は見覚えのない番号。警察署のトイレの個室で電話に出る。
「はい」と俺。
「あの、こちら>||&#x67;o&#108;&#x64;&#x68;&#101;&#x61;d||<さんの携帯電話でしょうか?」と女性の声。
「はい、そうですけれど」と俺。
「山手警察署の……、あの、今どちらにおられますか」と電話。
トイレです。警察署のトイレにおります」と俺。

これみよがしに振り回したって
見透かされてんぞNON NON BABY
顔色なら色々
いいじゃん別に
I can make it all

 ……というわけで、仮の免許を受け取らずに帰った男と思われた俺。カウンターで「失礼しました」と言われる。いやいやこちらこそ。裏面に期限のハンコ押された仮の免許を返却される。前は穴あきだったけど、ここは違うのか、時代が変わったのか。


髪を切る

 時計を見ると、まだ九時を回ったところ。このまま会社に向かえば間に合うだろう。しかし、せっかく遅れて行くことになっているのだ、惜しい気がする。そこで、内心計画していた通り、どこか床屋に寄る方向で行く。そろそろ店が開きはじめた商店街、人が増えて自転車もスローに。注意深く見ると、いな、なんだかわからないが理髪店、美容室ばかりだ。石川町あたりも美容室だらけだと思ったが、こちらもすごい。ここらあたりの人は、さすがにハマっこ、髪に気をつかうのか? それとも、この規模の人口と店があれば、このくらいあるものだろうか?
 さて、どこに入ろう。もちろん、定価であるところの総合調髪3,800円級は避けたい。お、この美容室風のところは男性カット2,400円……だけど、やっぱり美容室風はな。つーか、やっぱり朝から見知らぬ床屋行くか? ……と、向こう側の床屋、大きく1,800円の表示。通り過ぎてしばらく、横断歩道。行くべきか行かざるべきか。脳内で映画『ジャッカルの日』のあのシーン。引き返して道をわたる。少し戻って床屋。外から見ると、主人らしき人が新聞を広げているのが見える。これならすぐだろう。
 ……と、思って入ったら、それは待ちの先客であった。「いらっしゃい」と声がかかる。少し広く、新しめで清潔な店内、調髪席4席、うち2席稼働中。テレビからワイドショー。客はいずれもお年寄り。待合い席の前に漫画本などもあって、子供も来るのだろう。しばらく待つことになった。
 店の外をふと見ると看板、カットのみ1,300円とある。はじめは朝からシャンプーもいいかと思ったが、時間もあるしカットのみで行こう。バッグから『正法眼蔵随聞記』の文庫本取り出して読み始める俺、茶パツ、ピアス、ひょっとしたら不審者かもしれない。
 先客と待つ間しばらく。すると、次々とお客が入ってくる。四人。いずれも白髮の、おそらく定年退職後風。俺が一人で平均年齢を引き下げている。しばらくして先客氏、またしばらくして俺。
「どのようにしますか?」
「3cmくらい切ってください。えーと、カットだけでお願いします。」
「はい、カットだけですね。もみあげはどのように」
「……っと、かりあげないで」(←えりあしと勘違いしてる)
「あの、もみあげ」
「あ、ああ、もみあげ」
「自然に残しておきますか?」
「いや、整えて、切っちゃってください」
 ……と、ちょきちょき。ていねいなお仕事。鏡で後ろ確認、「はい、いいです」。さらにちょきちょき、後ろあたり剃ったり。眼を閉じてうとうと。「はい」と声。タオルを、渡される。自分で顔を拭くのか。たしかに、温かいタオルはきもちいいが、人に顔を拭かれる妙な感じというのもある。こういう流儀もありだろう。温かいタオルはきもちいい。
 やがて仕上がり、お金払って外に出る。少し温かくなっている。マフラー、手袋なしで、関内へ踏み出す。

まとめ

 本牧の方は魅力的だ。マイカ本牧、そして本牧山頂公園。商店街で買い物もできよう。だがしかし、引っ越して早5年目、今回を含めてそちら方面に足を向けたのはこれでおそらく4回か5回目。俺は心底出不精であって、一度決まったルーチンで動くようになると、行き帰りの道を少し帰ることはあっても、そこからほとんどはみ出さない。自転車を買ったところで行動範囲は広がらなかったし、たぶんSu-32 Strike Flankerを買っても泊まりがけでどこかに行くこともないだろう。
 それに、朝の一時間半くらい普段と違うことをしただけで大冒険だ。このひきこもり性質、金のない人間にはもってこいとは言えないか、それともこういう人間だから金と冒険と無縁なのか。
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