『魔法使いの弟子』ロード・ダンセイニ/荒俣宏訳

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 暗く、やさしげな夏のたそがれがスペインの地を包む情景を、思いうかべよう。萎えて土色に変わりつつある木の葉のつやつやした輝き。西には、低い調べに似た、どこまでもおだやかで神秘的な、空。そして東には、なにやら不吉な兆しの、暗い空。すばらしかった絶頂期もすでに過ぎ、いまはたそがれに向かっている<黄金世紀>を、思い浮かべよう。

 ロード・ダンセイニの長編を読むのは初めてであった。作者が自信を持ったというだけあって、見事な構成であり、展開である。ある城の領主の息子が、親の願いにより錬金術を学ぶべく魔法使いに弟子入りする。そこには不死と引き替えに影を奪われた掃除女の老婆がおり、やがて主人公も……。一方、城の方では主人公の妹の婚姻話が持ち上がっていた。この二つの状況を上手く織りなしてストーリーは進む。
 登場人物もそれぞれ個性的だ。何といっても一番のキャラは師匠である魔法使い。主人公の祖父から教えられた猪狩りの知識に「全ての賢者が追い求めたしあわせの明白な道」を見出したというこの人物は、時に悪の権化のようであり、またそれを超越した超俗的な人物として描かれる。また、彼と若い弟子である主人公との間の妙な関係、妙な緊張感も面白い。
 そして、その魔法使いに「影」を奪われた掃除女の老婆。彼女のせいで早い段階から脳内で宮崎アニメに変換されたということは正直に告白しておこう。また、主人公の妹も劣らず魅力的なキャラクタだ。あるいはこの作品で、ある面において一番の存在とも言えよう。もちろん、他の人物たちも多少紋切り型であるとはいえ、よく描かれているように思われる。
 しかし、この作品で私がもっとも感銘を受けたのは、この話の終幕であり、<黄金世紀>の終幕である。これほど美しく印象的なラストが描かれた物語は、そうそう無いと断言しよう。極端に言えば、ここに至るためだけであっても読む価値のある物語だと言いたいくらいである。
 昨今のファンタジーブームについては良くわからないけれど、ダンセイニの描く世界は、時代を超え多くの人々に語り継がれるだろう。<黄金世紀>の幕は下りても、我々の<黄金世紀>は終滅しないのだ。