『and Other Stories―とっておきのアメリカ小説12篇』

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 村上春樹柴田元幸川本三郎ら翻訳者が、それぞれの抱える「自分が翻訳したい」「人に読んでもらいたい」という短編を集めた本。それだけに、それぞれ印象深い、というか、くせ者ぞろいとなっている。最初の方からつらつらとメモを。
 「モカシン電報」はW・P・キンセラのカナダインディアンもの。何よりタイトルが素敵だと思った。ドライで現代風で、それでもインディアン的だった。「三十四回の冬」の作者ウィリアム・キトリッジはマイナーな作家という。この作品は寝取られ要素を多分に含んでいたので好きだ。しかし、ドロドロとはせず、乾いている。「サミュエル」と「生きること」はグレイス・ペイリー。『最後の瞬間のすごく大きな変化』(id:goldhead:20041106#p1)で両方とも読んでいたけれど、わざわざ前も引用していたように、「生きること」は僕の何かを捉えた。ここまでが村上春樹セレクト。
 柴田元幸セレクトは二つ。スチュアート・ダイベックの「荒廃地域」を読んだことは前に書いた(id:goldhead:20050404#p1)。もう一つは、スティーヴン・ミルハウザーの「イン・ザ・ペニー・アーケード」。遊園地の中のゲーセン(?)に一人で入っていく子ども話だ。完全に子どもの視線だ。そして、じっくりと描写される諸々の機械や何か。こういうのをガジェット趣味というのかな。ただ、「ゲーセン(?)」と書いたように、何となく自分が思い浮かべているような場所でいいのだろうかと、薄い皮一枚があった。藤沢のダイヤモンドビルにある湘南最大級のゲームセンター・ジョイパークのレトロゲームコーナーなど思い浮かべたが、それでいいのだろうか。
 「夢で責任が始まる」はデルモア・シュウォーツという人の作品で、畑中佳樹という人が訳している。デヴィッド・リンチ的というか、『マルホランド・ドライブ』的なスクリーンと夢、あるいは悪夢の話だ。これは強烈。ただ、「夢で責任が始まる」ってタイトルはどうなのか。原題は「In Dreams Begin Responsibilities」。もちろん僕に良い代案を出せるわけではないけれど。同じ訳者の「彼はコットンを植えない」(J・F・パワーズ)はジャジーな小説だった。カッコイイとは思ったが、ジャズ語で書かれているので、わかりすぎるくらいにわかるとは言えないのだろう。
 斉藤英治という人が訳したのはジェイン・アン・フィリップスという人の「レイミー」。なぜかこの小説にだけ、鉛筆で傍線やカギ括弧が書かれていた。前の持ち主のものだろう。そして、最後のページにoffshoreの一語。小説の内容は典型的に描かれるように心を病んだ女の子の話だったけれど、鉛筆の線の方に気がいってしまった。続く「嵐の孤児」(メアリー・モリス)は義理の姉妹の話。僕はなにやらエロとフェチを感じたけれど、そう思う人は少ないと思う。
 そして、最後は川本三郎訳の「ビッグ・ブロンド」。作者はドロシー・パーカー。もちろん初めて知った名前だ。しかしこの「ビッグ・ブロンド」、まさに圧巻。今、パラパラと見返してこんなに短かったのかと思う。もっと長いストーリーを読んだような気になっていた。冒頭の訳者コメントには、この作品がカポーティの小説に出てくるとあるが、これを読んでカポーティの短編も思い浮かんだりした。僕はこれを夜遅く読んで、何やらぐったりしてしまった。ただ、ただ一つだけ、一つだけケチをつけるならば、一九二〇年代のニューヨークに、「安い焼肉レストラン」は無いでしょう、と思った。それだけである。