もう、十月か。

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田村隆一『四千の日と夜』より


十月の詩
危機はわたしの属性である
わたしのなめらかな皮膚の下には
はげしい感情の暴風雨があり 十月の
淋しい海岸にうちあげられる
あたらしい屍体がある

   十月はわたしの帝国だ
   わたしのやさしい手は失われるものを支配する
   わたしのちいさな瞳は消えさるものを監視する
   わたしのやわらかい耳は死にゆくものの沈黙を聴く

恐怖はわたしの属性である
わたしのゆたかな血液のなかには
あらゆるものを殺戮する時がながれ 十月の
つめたい空にふるえている
あたらしい飢えがある

   十月はわたしの帝国だ
   わたしの死せる軍隊は雨のふるあらゆる都市を占領する
   わたしの死せる哨戒機は行方不明になった心の上空を旋回する
   わたしの死せる民衆は死にゆくもののために署名する

 信じがたいことに十月になった。十月といえば、この詩を思い出したりする。そういえば、田村隆一は秋のイメージがある。「腐刻画」(‘その秋 母親は美しく発狂した’)だとか、「開善寺の夕暮れ」(信州/上川路の秋ははじまるのだ)、「保谷」(保谷はいま/秋のなかにある)、「西武園所感」(詩は十月の午後)……、数えはじめたらきりがない。それになにより、田村隆一の居る鎌倉のイメジは秋の谷戸、人気のない材木座の海岸、そんな感じがする。そうか、秋だな。「秋津」も素敵な詩だ。
 ああ、しかし、現代詩文庫の存在はありがたい(一巻ははるか昔に父が買ったもので、俺はそれを実家が無くなるときに盜みだしてきた)が、きちんとしたハードカバーも欲しい。全集が欲しい。どこに金があるのか。金が欲しい。スコッチも飲みたい。タバコも買えないくらい貧窮している。