田村隆一の「なっ。」―『言葉なんかおぼえるんじゃなかった』を読む

 おれにとっての日本語の詩人といえば田村隆一ただ一人であって、ほかにはいない。金子光晴は好きだが、詩がとくに刺さってくるわけじゃあない。おれにとって田村隆一はとことんかっこいい人で、まるでアイドルのように思うところがある。おれも田村隆一のような言葉を使いたいと思う。使えっこないのだけれど、そう思えてならない。
 この本は「詩人からの伝言」ないし「遺言」である。長薗安浩による随聞記のようなものである。そのような本はいくらか読んだ覚えがあるが、この本が最後の最後にあたるんじゃないだろうか。ちなみにおれは田村隆一の書いたものすべてを読んでいるわけじゃない。あえて残しているのだ。好きがすぎるとそういうこともある。そしてまた、この本で語る田村隆一も抜群にかっこよく、おれはますます心酔するのである。

 あなたも、愛する人と言葉をかわすように、酒とつきあってください。そうすりゃ、嫌でもマナーは良くなるんです。
 愛する人の前では、そうそう無礼はできない。そうだろう。
 なっ。
「酒を愛するコツ」

 覚えておいてくれよ。解説じゃない、骨身に染みてこそ、教養は身につくってことを――。過去の蓄積の今を、次の世代に伝えるためにもな。
 頼んだよ。
 なっ。
「骨身に染みて、教養」

 人生の旅は面倒くさそうかい?
 でもね、堂々と空しい期待を抱きつづけるのさ。あなたは、人間なんだから。旅は人間の特権なんだから。いい旅をしようじゃないか。
 なっ。
「空しい旅も、立派な旅」

 あいつらも、「田村は困ったもんだ」なんて言ってるんだろう。だから、ぼくも負けずに言っておく。「鎌倉の慶応ボーイは困ったもんだ!」(笑)。
 こんなやりとり、何の意味もないよな。のんびりしてるんだ。何かしてないと夜が過ごせない寂しい男たちが、馬鹿話をして鎌倉の夜は更けるんだよ。
 鎌倉の夜は早い。七時過ぎたら店も閉まる。観光客もいなくなる。だから、あなたが七十過ぎてお元気だったら、鎌倉へいらっしゃい。一人で、のんびりと。寺の本当の味わいと鎌倉ののんびりした良さが体でわかるから。きっと。
 なっ。
「鎌倉の慶応ボーイ」

 てな具合に「なっ」。でもって、穂村弘が解説で「なっ」ってなんなんだって解説してるからなっ。まあともかく、おれも「鎌倉の慶応ボーイ」だったしな。鎌倉からも慶応からも中退したんだけれども。それにしたって、藤沢よりの元鎌倉人として、鎌倉の路地のどこかに田村隆一がいたということはたまらんものがある。それだけでかなわんところがある。おれはほんとうにこの詩人が好きなのだと思う。
 著者の長薗安浩は、雑誌の企画でふと写真と詩を合わせてみようと思い、タイトルの「言葉なんかおぼえるんじゃなかった」が出てきたという。初期の田村隆一の詩。おれもそれにノックアウトされたくちだ。あまりにもかっこいい。おれはかっこいい日本語があるのだと知って、そのような言葉に惹かれて、かといってなにもせずここまで生きてきた。いくつか、この本に載っている詩から部分を引用しようか。

言葉なんておぼえるんじゃなかった
言葉のない世界
意味が意味にならない世界に生きていたら
どんなによかったか

あなたが美しい言葉に復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが静かな意味に血を流したところで
そいつも無関係だ。
「帰途」

二十時三十分青森発 北斗三等寝台車
せまいベッドで眼をひらいている沈黙は
どんな天使がおれの「時」をさえぎったのか
「天使」

岩は死骸
おれは牛乳をのみ
擲弾兵のようにパンをかじった
「言葉のない世界」

おれは小屋にかえらない
ウィスキーを水でわるように
言葉を意味でわるわけにはいかない
「言葉のない世界」

この世界では
病むということは大きな特権だ
腐敗し分解し消滅するものの大きな特権だ

「この世界では」というが
海と都市と砂漠でできてる世界のことか
それとも

肉と観念と精液でできている世界のことか
きみは人間を見たことがあるのか
愛撫したことがあるのか
「緑の思想」

一篇の詩を生むためには、
われわれはいとしいものを殺さなければならない
これは死者を甦らせるただひとつの道であり、
われわれはその道を行かなければならない
「四千の日と夜」

 そしてなんといっても「立棺」だ。

わたしは都会の窓を知っている
わたしはあの誰もいない窓を知っている
どの都市へ行ってみても
おまえたちは部屋にいたためしがない
結婚も仕事も
情熱も眠りも そして死でさえも
おまえたちの部屋から追い出されて
おまえたちのように失業者になるのだ

 われわれには職がない
 われわれには死に触れるべき職がない

 ……いいか、あくまで引用したのは部分だ。全文を読みたければ現代詩文庫でも読めばいい。

田村隆一詩集 (現代詩文庫 第 1期1)

田村隆一詩集 (現代詩文庫 第 1期1)

続・田村隆一詩集 (現代詩文庫)

続・田村隆一詩集 (現代詩文庫)

続続・田村隆一詩集 (現代詩文庫)

続続・田村隆一詩集 (現代詩文庫)

 おれは正直なところ、老年にいたった田村隆一の詩より、鋭さにあふれた若き日のそれに惹かれている。とはいえ、おれがもしももう少し長生きすることができたら、晩年の詩に深く感じ入ることがあるようにも思う。その確率はわからないが、そうなる可能性はある。そして、詩でなく語り、これについていえば、田村不良老人のそれはあまりにも示唆に富み、かっこよく、なんともいえない味わいがある。おれは貧乏人のシングルモルト信者だからオールド・パーに三千円出すことは考えにくいが、それも悪くないんじゃないかと思えてくる。おれは田村隆一が大好きだ。

>゜))彡>゜))彡>゜))彡>゜))彡

……あ、読んだことあるのに文庫本になってるから気づいてないパティーン。