『アルファ系衛星の氏族たち』フィリップ・K・ディック

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 かつて地球人の精神疾患者たちの治療場であったある衛星。戦争が起こり、その星とは連絡が取れなくなってしまう。その間、精神疾患者たちは、それぞれの症例ごとに氏族(クラン)を作り、独特の社会を作り上げていく。その星に地球から調査チームが派遣される。メンバーには高名な女性カウンセラーとCIAのエージェントが含まれている。そして、そのエージェントというのは、カウンセラーと離婚協議中である夫が操作するシミュラクラ。夫は、妻の殺害をもくろんでいる……!
 ……という、延長戦でPKを得たような絶好のシチュエーションで、シュートが枠に行かなかったりするのが我らがPKD。普通の意味で裏切ってくれる。そこにしびれる、あこがれるぅ、かはともかく、なんともディックっぽいのは確か。思えば、過去の作品がいよいよ世に認められ、『ティモシー・アーチャーの転生』以降の新しい世界が広がってきたあたりで急逝する彼の人生、それを思い出さずにはいられない。
 俺が初めて読んだディックは『ザップ・ガン』だった。『高い城の男』でも『ユービック』でも『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』でもなかった。『ザップ・ガン』はまあ、やっぱりマスターピースとは言えない代物だった。だけれども、それでもディックを読もう、という思いは残った。むろん、この『アルファ系衛星の氏族たち』にも、横滑り、破綻の魅力(といっていいのかどうか)はある。が、舞台設定が期待持たせ的すぎて、どうもスカされた感が強い。でも、もしもこれが逆転満塁本塁打だったら、もっと有名なタイトルになってるはずだよな。俺が古本屋で見かけて「こんなのあったんだ」とは思わなかったはず。
 それでも、やっぱりいいところ探しもしよう。ディックが精神病理を取り扱うというのは強い。我が身や身の回りなどの実体験に基づいているようでもある。あるいは、異星人の粘菌、ロード・ランニング・クラムの性格。でもって、結局のところ個人の問題、私の問題に持ってきてしまうあたりの、閉塞感即開放感、開放感即閉塞感。あるいはそこんところかな、畢竟、ディックは。