クーラーはうごきはじめる

goldhead2007-08-17

 わたしはもう限界だと思った。このままでは、壊れてしまうと思った。こころばかりでなく、からだも。からだばかりでなく、こころも。わたしは、はじけるように狂いたくはなかった。わたしは、とびちるように狂いたくなかった。せめて、そんな風には狂いたくなかった。
 だからわたしは、クーラーのコンセントを差しこもうとした。差しこもうとして、コンセントのほこりにきづいた。引っ越してから三年間、はじめに一回うごかしてみて、それ以来ねむっていたクーラーだ。わたしはほこりを取って、差しこんだ。クーラー、小さく「ヴ……」とうごめいた気配がした。わたしは、壁にそなえつけられた有線リモコンの電源を入れた。大儀そうに、クーラーが音をだした。たえまない音、振動、そして、冷風。
 三年間眠っていたクーラー。アパートに備え付けられていたクーラー。電気代が惜しくてまったく使っていなかったクーラー。それがうごいて、部屋をひやす。とても冷やす。わたしはもう、電気代なんてどうでもよくなった。わたしはもう、すずしさの中にいて、すべてこともなく、はじまりもなく、おわりもないのだ。わたしははじけるように狂いはしない。わたしはとびちるように狂いはしない。ただ、はじまりもなく、おわりもなく、その中にいた。あらゆるものは自明で、冷えた空気はどこまでもわたしの肌をなでつづけた。