『ブリッジ』/監督:エリック・スティール

ブリッジ [DVD]

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 ゴールデンゲートブリッジがいかにアメリカの象徴であるかは、フィリップ・K・ディックの『高い城の男』でも読めばわかるだろう。そこから飛び降り自殺する人が少なからずいる。そこに定点的なカメラをしかけ、淡々とブリッジを、飛び降りる人たちを撮り続け、遺族や友人たちのインタビューを集めた、そんなドキュメンタリー映画
 不謹慎と言われるだろう。死にゆく人間がいかなる心持ちであるのか、生死境界のその一線、一点に興味を持つ。落ちる飛行機の中で書かれた遺書、特攻隊員の手記、死刑囚の最後の瞬間……。それぞれ全く意味合いは違うが、生死の時という意味では共通性がある。俺は正直言って、そこにひかれてやまない。なぜならばまた我々も予定されていないだけで必ず死ぬからだ。絶対に死ぬ。絶対に死ぬのに、五分後に死ぬつもりはないし、十年だって平気で生きて当然という心持ちでいる。だけれど、死ぬんだぜ、死ぬってどういうことなんだ? 死ぬ瞬間のことはどうなんだ。
 いや、死というより生の最後といった方が正確かもしれない。死には興味がない。死体にはもっと興味がない。九相図のように死骸に意味を見出すことも可能かも知れないが、生きた人間の生きた最後の一線。そこに焦点がある。この映画の監督も、同じようなことを監督も特典映像のインタビューで語っていた。この映画にはダメージを受けた死体、血に染まった水面などは出てこない。
 自発的な死に向かうラインを見定めるのは難しい。残された友人や家族にも見きわめがつきがたい。死ぬ、死ぬといつも言っていて、言ってるだけで死なない人間が、ある日橋から飛んだりする。だいたい、橋を歩く人たちの映像を見ていても、どれが次に死に行く人かなんかはわからない。全員自殺志願者に見える。
 自殺志願者がいて、止められるものだろうか。どう止めればいいのだろうか。残された人には、半ば、「彼は自殺して自由になれた」という人もいる。長い長いつきあい、あるいは生まれてから関係の中でそういうところにいたる場合もある。逆に、自殺しようとする人自身の尊厳を傷つけようと、絶対に介入して死なせない、と決意する人もいる。あるいは、治療不可能の「44のチャンネルを同時に見ている」ような幻聴・幻覚に四六時中悩まされている人に、まわりの人のアドバイスがどれだけ有効だろうか(なので特典の方で監督も自殺対策について「薬の開発も必要」とか述べたのだろう)。ケースバイケースだ。
 しかし、だからといって、何もできないわけでもないだろう。特典インタビューによれば、監督がこれを思いついたきっかけの一つが911テロ、世界貿易センタービルから飛び降りる人々を目の当たりにしたことだという。その後に、金門橋からの身投げの記事を読み、911の場合火炎や崩壊の地獄から逃げて身を投げた。じゃあ、金門橋から飛び降りる人々にとって、この世が地獄だということなのか、と。まあ確かに、この世の地獄のいくらかは、大なり小なりの対策、対応でどうにかなるようなものだし、この世が地獄ではない方がマシだという人にとっては、どうにかしていく価値と可能性はあると、俺も思う。寺山修司は、生活苦やいじめの自殺は自殺でなく他殺だと言ってたと思うぜ。
 少し意外だったのは、アメリカでは自殺に関する議論をあまりしたがらない傾向にあるという。これも特典インタビューによるもの。特典映像で長々と監督が語っているのだけれど、その語り込みでないと、なかなか評価しにくい映画のようにも思える。で、これが意外。アメリカといえばカウンセリング大国の印象があって、自殺なんかについてもアグレッシヴにやってんじゃねえのかって。自殺の名所でもあれば、ボランティアがうろうろしてるんじゃねえかって。ちょっと違うようだ。年間三万五千人の自殺者がいて、語りたがらない傾向にあるという。それに対する問題提起の意味もあるという(もちろん、アメリカのみならず、世界に訴えたいようだ)。

 ……まあ、こちらによればアメリカの自殺率は各国比較で高い方ではないのだけれど、ただ、だからといって問題視しなくていい話ではない。それはもちろん、ゴールデンゲートブリッジ年間24人程度についても言えることだろう。と、言うわけで、見ながらずっと気になっていた引っかかりは「防止フェンスとか付けねえのかな? 日本だったら二重の金網くらい付けるんじゃねえの?」とかそのあたりであって、そのあたりについては特典映像で語っていて、そういうことかと思う。と、特典映像の話ばかりだけれども、やはり語りやすいのはそれだけの言葉があったからで、また、監督がえらく長めの演説ぶったのも、映画だけでは語り得ぬところがあるだろう。と、同時に映画は映画で映画でしか語り得ぬ部分があって、それがこの監督の自殺に対する思いとは別の何かを作り出してしまっているようなところもあって、なかなかに面白いといってはなんだけれども、作品というのはそういうところもあるのだろう。
 監督インタビューをはじめ、ほかの情報を知った上で映画のみの感想を述べるのはむずかしい。ただ、どこかぼやけた映像、くぐもる音楽、つかみどころのない自殺。ただぼんやりとしたもの、煙かなにかを手渡されたような、そういう思いは残った、そう思う。
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  • http://www.cinemacafe.net/news/cgi/interview/2007/06/1970/……監督インタビュー。見殺しにした、というような批判もありそうだけれど、「“誰かが柵に足をかけたらすぐに管理局に電話をする”というルールを決めて撮影をしていました。それで撮影中、6人の命を救うことができたんです」とのこと。まあ、その上で、「ずっと見張っていたのならば、橋の上で見張ってその場で止めろ。労力はかわらん」というような物言いもできるかもしらんが、さあ果たしてそれはどうなのだろう。なかなか一筋縄でもないような気はするが。