『アンラッキーヤングメン』なんか読んだりして思ったんだけれども、銃一丁で世界を変えられるというぐらいの、そういう幻想ってあんのかな、みてえな。いや、世界は変わらなくとも、自分の世界、身の回りくらい変えられるみてえな。そんだけ強力なもんだという。
 漫画でいえば、思い出すのは『湘南純愛組』。いじめられっ子が、お爺ちゃんの形見の中から十四年式拳銃みてえなの見つけて、それで族をどんどん支配していくって話もあったっけな。あと、愛沢連合の愛沢君が「愛沢最強」気分に浸るとか。
 というわけで、日本人の中には、銃に対する過大な警戒感、裏返しの信奉みてえのがあったりはしないだろうか。銃なんてもんを手にした日には、どうなるかわかんねぇよ、みてえな。「アームストロング砲は卑怯だ」って彰義隊も言ってたような気がする(銃じゃないじゃん)。
 ひるがえってアメリカ人、あんな武器をある程度の一般人が持っていて、マイケル・ムーアに言われるまでもなくたくさんの問題が起きていて、それでもまあ先進国として内戦状態みてえになってねえというのは、まあそのパワー、アームズについての、そこんところの意識は大違いだし、それが国レベルで思いっきり意識の違いに出てくる局面もあったりはしないだろうか。
 しかし、銃で革命っつって、銃砲店や警察官を襲って、それで殲滅戦しようっても、果たして警察や自衛隊が保持する火力の重大さと比べると、どうってことねえよな、と。でも、テルアビブの乱射やら、こないだのインドのやら、ともかく銃がけっこう強力で危険なテロリズム向きの殺傷兵器ということも言えるんだろう。
 つーか、まあ、別に日本でもスポーツや猟で銃持ってる人も少なからずいるし、そうたいしたことでもないような面もあるのかもしらん。というか、この項、なんのまとまりもなく書き始めて、まったくなんともとっちらかしで、自分の言ったこともまったくあてならないと思いつつ終わり。