それで、俺は、もう、ロードが欲しいのかな?

 欲しいんだろうな、たぶん、きっと、あるいは、絶対。

この価格帯のエントリーモデル、特にアルミのものは「どれも極端な性能差はないので好きなデザインで選べばいい」と言われる。まあ確かにそうかもしれない。しかしエントリーモデルとはいえ、10万円以上の自転車だ。初めてロードバイクを買う人にとっては決心のいる金額だ。当然「長く乗れるもの」を買いたいと思うだろう。しかし「長く乗れる」といっても実際に物理的な製品寿命まで乗る人はまれだ。どういうことかというと、ハマった人はすぐに次の(もっと高い)バイクが欲しくなる。まだロードバイクに乗っていない人には信じがたい話かもしれないが、ハマった人は1年以内に必ず次のバイクを買ってしまう。

ビギナーにオススメのロードバイクを20台選んでみた - 自転車で遠くへ行きたい。


 買って二ヶ月後の、我がGiant Escape R2。ビギナー向けクロスバイク。俺はスポーツ自転車に過大な恐れを抱いていたし、それは間違いではなかったようにも思う。いや、どう考えても、俺の財力、決断力から、10万円超のロードを買うという選択肢は無かった。まさに当日の値引きも含めて、俺は最良の選択をしたと思っている。


 買って七ヶ月経った、我がGiant Escape R2。ビギナー向けクロスバイクタイヤをミシュランのリシオン23Cに換えた三ヶ島のトゥークリップをつけた、蹴返しをつけたシートポストを換えた、サドルは穴だらけの変なやつになった、前傾姿勢を取るために、トピークのバーンミラーはおかしな角度になった。みていろ、今にシートクランプとステムとハンドルが黒くなる。
 改造費を全部あわせても、たぶん、エントリーモデルのロードに届かない。届いては困る。……いや、冷静になれ。その穴だらけのサドルだけで、一番安価なママチャリを買えてしまう。装備品すべてで真っ当なママチャリが買えてしまう。ライト、ロック、服、パッドつきインナー、日焼け止め、プロテイン、サンオイル……ああ、やはりもう一台クロスを買えてしまう? 信じがたい。
 しかし、いかんともしがたい思い、「ロードってのは、もっと楽に、遠くに、はやくいけるのか?」という思い。それがある。だいたい、道を走っていても、クロスバイクなんてさっぱり見ないじゃないか。いったい、どこにクロス乗りがいるんだ? みんな、ドロップハンドルで、派手な装いのロード乗りばかりじゃないか。なんだあの、新種の有袋類みたいなポケット、うしろについているのは、便利そうでうらやましい。
 でも、たぶん、ロードを買っても、完成車を買っても、また満足しないのだろうと思う。新しいミニ四駆を買ったからって、ノーマルで走らせる? 走らせない。また、金が、金が、金がかかる。金め、金め、金め。

食人の風習の後、奴隸制が登場しました。奴隸制の後、農奴制が、農奴制の後、賃金奴隸制が登場しました。
バクーニン「ロークルおよびショー・ド・フォンの国際労働者協会の友人たちへ」

 ……なので俺は、ともかく、金め、金め、金持ちめ、と呪詛の言葉と「予測と調和」の呪文を唱えながら、黒くなっていくジャイアンエスケープに乗り続けよう。一日120kmじゃだめだ、200km、これで乗れるようになろう。そうなったあかつきには、エントリーモデルでないロードのことを考えよう。15万という値段は微妙なんだ。俺をひっくり返せば、そのくらい出てしまわないわけでもない。でも、あんた、それは生活費やないの……、ああ、うるさい、わいは、わいはロードに乗らなあかんのや! 2010年モデルを買わんと、峠でバカにされるやないか! ……あなた、自分の娘が、学校でなんて呼ばれるか知ってるの? おかあちゃん、もうええわ、アタシなんともないんやから! 平気やで、平気や! ……などという光景が、ピナレロコルナゴの裏側で……、ないのだろうな。
 ともかく、目標を遠くに置こう。浄土ヶ浜くらいの遠く。俺の脚力の遠く、財力の遠く。200kmがダメなら250km、500km、1,000km、10,000km、いまいましいヨーロッパが引いた教皇子午線の上を3週してから出社、帰りは木星、イオ、ガニメデ経由、分裂する宇宙の俺たちに挨拶しよう。俺の脚は恒星間ラムジェットエンジン、タウ・ゼロの彼方まで加速し続けて、ときどきソイジョイを食って栄養補給、帰ったらサハラ砂漠と同じ量のプロテインを食って大満足、三千世界のカラスを殺し、百万年の仮寝かな。大スケールまさにジャイアント。俺はジャイアンツ嫌いのジャイアンツ。はじめて買った自転車はダホンで一番安いメトロ。クロスはエスケープ。だったらきっと、ロードもジャイアント。夢はおっきい方がいい、ソーセージしゃぶって丸大ハム、ハム食べてハムストリング強化、夢は56億7千万年後の一等賞、パパ、ママ、見ててね、ぼく、自転車に乗れるんだ!