雨の日の朝のgoldheadさん、ずったらずったらいい加減な傘の差し方で会社に向かっています。寿町の角にさしかかり、K工業ビルの軒先のことです。歩行者信号が赤だったものだから、goldheadさん一見律儀に、じつのところ会社に行く時間を一秒でも遅らせるために、ポケーッと立ち止まります。
goldheadさんの目線の先、K工業ビルの軒先、雨宿りしているのか、うんこ座りして煙草を吸ってる男が目に入りました。男がふと顔をあげたので、goldheadさんと目が合いました。
goldheadさんには、なにかピンとくるものがあったようです。信号が変わると向こう岸に渡り、男の側に立ち止まります。そして、こう話しかけたのでした。
「君、市橋くん? 市橋達也くんじゃないの?」
男はちらりとgoldheadさんを見上げると、ぷいとあっちを向いて、
「違うけど」と言いました。男の吐き出したラッキーストライクの煙がもわっと漂います。
「そうかな? すげえよく似てるように思うんだけれど、その目とかさ」とgoldheadさん。
「いや、マジ違うから」と男。
「でも、その鼻の傷とか、写真で見たとおりに思うんだけれど」とgoldheadさん。
「うーん、だってさ、市橋達也は顔を変えたんだぜ。あんたが知ってる顔のはずないじゃない」と男。
「えっ、そういう道理なの?」とgoldheadさん。雨をぼんやり眺めながら、納得したような、納得しないような心持ちです。
「煙草吸う?」と男。
「いや、今は吸ってないから。でも、やっぱり、おかしくない? 君は顔を変えた市橋達也じゃないの?」
「市橋達也は顔を変えたんでしょ。顔が変わったのが市橋達也。だから俺は市橋達也じゃないの。自明のこと」
「ふーん、そういうものなのか」
「うん、そういうものなんだよ」
goldheadさん、男の顔をまじまじと見ました。どう見ても市橋達也のように思えたのですが、顔を変えたのならば、これは市橋達也ではないような気もしてきました。
「よくわかんないけど、そういうことなのか。じゃあ、俺、会社に行くわ」とgoldheadさん。
「あんた、仕事あるんだ?」と男。
「まあな」とgoldheadさん。
「あんた、顔はあるの?」と男。
「さあな」とgoldheadさん。
ズボンの裾を濡らしながら、ずったらずったら歩を進めるgoldheadさん。その顔が、ほかに誰かにどんなふうに見えたのかは、よくわからなかったのでした。おしまい。
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