- 作者: 伊藤計劃
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……イスラエル国防軍の軍事学校は、パレスチナ人民に対するイスラエル国防軍の市街戦を概念化するために、ドゥルーズとガタリ、とくに『千のプラトー』を系統的に参照し、それを「作戦理論」として用いている。またそのスローガンは「形〔態〕なき敵の実体」や「フラクタルな機動作戦」、「速度-対-リズム」や「ワッハーブ戦争機械」、「ポストモダンなアナキスト」や「ノマドなテロリスト」である。
スラヴォイ・ジジェク/長原豊訳「毛沢東―無秩序のマルクス主義的君主」P.58
俺はジジェクがなにを言ってるのかさっぱりわからず、わかる言葉で書かれたものを読みたくなったからだった。なるほど、『虐殺器官』は俺のよくわかる言葉で書かれていた。
傲岸不遜な物言いをする。俺は『虐殺器官』から新たな衝撃、未知の衝撃を受けはしなかった。『虐殺器官』に見出されるたくさんのサンプリング、発想、アイディア、世界観、どれも馴染みのあるものだった。俺は『虐殺器官』を読む前から『虐殺器官』に影響を受けていた。そんなふうに思った。
……彼らが依拠している重要な区分の一つに「平滑」空間と「条里」空間があり、それは「戦争機械」と「国家装置」という秩序概念を反映している。いまやイスラエル国防軍は、境界がないかに見える空間における作戦に言及する必要がある場合、しばしば「空間を平滑化する」としう表現を用いるようにすらなっている。また、パレスチナ人民の居住区は、そうした地区がフェンスや壁、溝や道路を塞ぐブロックで包囲されているいう意味で、「条里化された」ものと考えられてる。
ibid. P.58
俺はジジェクがなにを言ってるかさっぱりわからないが、伊藤計劃が見てきたものについて見覚えがある。問題と思っていたであろうことに、心当たりがある。傲岸不遜な物言いをすれば……俺はそのように思った。同じような時代、同じような空気。そして、今のこと、まったく今のこと。
……ここで関連してくるのが、進行中の遺伝子工学の革命や、それが備えている可能性です。我々は人間であるとは何を意味するのかを、再定義することを強いられています。例えば、自分の精神状態を左右するため、気分を良くするため、薬物を摂取するとします。大胆になりたかったりなど、いろいろありますよね。我々の自由に何が起こっているのでしょうか。
『人権と国家』スラヴォイ・ジジェク/岡崎玲子 P.112
この日記でなんども書いてきたけれども、俺はもう近い将来、いや、今この瞬間にも、人間というものがなんであるか、そういったことが大きな問題になっていなければならないと、そんな風に思う。かなり昔のSFから、新しいSFまで、多くのプレコグが警告してきたように、まさに今がそのときだろうと、そう思う。身体器官、脳、もう心なんかではなく脳のこと、脳の化学物質の分泌具合ひとつでかわる俺。俺とはなんだろう。俺の生命や死はどんなものだろう。
私が何かを実行するうえで知性や度胸が足りないため、錠剤を飲んで目的を達成すれば、錠剤によって自由を奪われたと主張することはできません。それが効力を及ぼすなら、それは、以前は別の化学物質によって支配されていたことを意味するためです。ここで問うべきは、人間の自由は何かということです。
ibid. P.112
自由とは、自由意志とはなんだろう。俺にはむずかしい哲学のこととか、科学のことはさっぱりわからない。だからプレコグの予知が必要だ、直観と情緒が必要だ。SFが必要だ。そしてときどき、ハートのある革命家のおっさんの言葉。
ただ、『虐殺器官』はSFだろうか。少し、そんな風にも思う。あまりにも今すぎる。今のことのように思える。同時代性、同時代カンガルー。
それはそうと、小松左京が「虐殺器官についての詳しい記述がない」と評したのは、ちょっとわかるような気もする。サイエンスのフィクションであれば、そこのところの仕組みを、もうちょっと現代言語学や脳科学の言葉でくわしく嘘をついたんじゃないかと思う(『虚無回廊』の「一般自然言語」はどうだっけ?)。ただ、主人公から見た世界、あえてそうしなかったのでは、とも。
そしてまた、小松左京が触れたらしい、ラストの主人公の選択。主人公はなにかをして、またなにかを待っているように見える。なにか。なにかわからないが。まだ、答えでもないように見える。そうだ、これからだ。これから、なのに。なんと伊藤計劃は死んでしまっている。
さて、どうしたものか。
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ポストモダンの共産主義 はじめは悲劇として、二度めは笑劇として (ちくま新書)
- 作者: スラヴォイ・ジジェク,栗原百代
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- 作者: スラヴォイジジェク,Slavoj Zizek,長原豊,松本潤一郎
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