ダンノハナのおれたち

 遠野の近隣にはいくつか、おなじダンノハナという地名がある。その近傍にはこれと相対してかならず蓮台野という地がある。昔は六十をこえた老人はすべてこの蓮台野に追いやる風習があった。捨てられた老人は徒に死んでしまうこともならず、日中は里をおりて農作して口を糊した。そのためにいまもその近隣では朝に野らにでるのをハカダチと云い、夕方野らからかえるのをハカアガリと云っている。(『遠野物語』一一一)

 なぜ、村落の老人は六十歳をこえると生きながら<他界>へ、いわば共同体の外へ追いやられるのだろうか?

……つまり老人たちは、対幻想の共同性が、現実の基礎をみつけだせなくなったとき(ヘーゲル的にいえばそれは子供をうむことによって実現される)、<他界>へと追いやられたのである。そして対幻想の共同性が、現実の基盤をみつけだせなくなるのは、ヘーゲルのかんがえたように、子供を生むことで現実化されなくなったかどうかではなくて、対幻想として、村落の共同幻想にも、自己幻想にたいしても特異な位相を保ちえなくなったかどうかを意味しているのだ。いうまでもなく、対幻想として特異な位相を保ちえなくなった個体は、自己幻想の世界に馴致するか、村落の共同幻想に従属するほかに道はない。それが六十歳をこえた老人が「蓮台野」に追いやられた根源的な理由である。そして一般的には<姥捨>の風習の本質的な意味である。

改訂新版 共同幻想論 (角川ソフィア文庫)
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 「TOEIC」の読み方もしらない非コミュ高卒のおれは社会の低い方へ追いやられ(履歴書も書いたことがない)、徒に死んでしまうこともならず、たれの役に立つでもない低賃金労働で口を糊している。それでも世界労働者に比べれば貴族のくらしにほかならないし、それを捨て去る勇気もないから(死ぬ勇気もないから)、朝ハカダチ、夜ハカアガリ、おれ逆上がりできたっけ?
 おれには吉本隆明がなにを言ってるのか(それに輪をかけてヘーゲルがなにを言ってそうなのか)さっぱりわからない。しかし、おれには、ダンノハナに立つおれが見えた。たまには主語を大きくしよう、「おれたち」が見えた。「おれたち」とは「おまえら」のことだ。霧のたちこめる朝のダンノハナ、境界のむこう蓮台野から、「おれたち」はヒガンバナをふみながら周縁を歩いてきて、あいつらの世界に行く。あいつらの世界で、死んでいるのに生きているものとして野良仕事をして、夜になるとうんざりするほど疲れて帰ってくる(地下鉄の中で眠りこけているかもしれない)。そして暗い蓮台野へ向かう。セックスも家族もないところから来て、セックスも家族もないところに帰る。対幻想として特異な位相を保ちえなくなった個体は、自己幻想の世界に馴致するか、村落の共同幻想に従属するほかに道はない。おまえはなにを言ってるんだ? 無縁社会とでもいいたいの? さあ、どうだか。ひょっとしたら、まだダンノハナでうろうろしているのかもしれない。
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 なぜ、村落の老人は六十歳をこえると生きながら<他界>へ、いわば共同体の外へ追いやられるのだろうか?

 もちろん、六十歳をすぎた老人の存在が、村落共同体の共同利害と矛盾するからである。農耕にかける老人の労働力のうみだす価値が、その生活の再生産の過程に耐えないからである。

 実際のところは、質問に対してさいしょに提示されるのはこの答えだ。でも、これでは不十分だから、「かならず<家>の対幻想の共同性から追いやられた」といって、さらにつくされないといって、上の上の上の引用の説明になる。おれの労働力がうみだす価値が、その生活の再生産の過程に耐えられない、のも確かだろう。ただ、なにかそれでは言い尽くされないものもあるような気がするのであって、さて、なんであろうか。
 まあ、だいたいにして、最初のこれから、二段横っ飛びするところが、よくわからない(ただ、吉本さんは二階に上がらないんだよ、そこが助かる、ただともかくむつかしい横っ飛びだ)。ひょっとすると、wikipedia:共同幻想論の言うところの"吉本は共同幻想を取り扱う上では経済構造は大胆に捨象できると主張しているが、その論の中では、「地上的な利害」や、「穀物の生成」、「農耕的な段階」、「土地の私有の発生」などという言葉が出てくるように、経済的な要素を切り捨てられてはいない。これは矛盾である。上部構造を語る上で、やはり下部構造は切り離せないものであり、その点において吉本はマルクス主義的な経済決定論を排除し切れてはいなかった。"的ななにかを感じるのだけれども、序で「しりぞけるということは、無視するということではないんです」って言ってるのと関係あるのかないのか。
 ……関係ないよな、おれの生活には。とりあえず、『けいおん!』、いや、『ストライクウィッチーズ』の映画までは徒に死ねないしね。
 さて、帰るか。
 ところで、あんたは「おれたち」なのかな?

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