昭和四年の【人生をかけている】男たち 「近代犯罪科学月報 第一報」を読む


 俺は古い本や雑誌が好きだ。戦中、戦前の本や雑誌だ。とはいえ蒐集家というわけでもなく、なんとなく古本屋で数百円で安売りされているのを見ると手にとってしまうというていどだ。それで、だいたい買ったことに満足して、パラパラとめくって当時の広告などおもしろがって、そのまま閉じて積み重ねられる。古い本は捨てたくない。そんななんとなくの積み重ねで、引っ越しのさいに何往復か分にはなってしまったのだけれども。
 さて、ついこないだついつい買ってしまったのが『近代犯罪科學全集1 犯罪と人生 變態性慾と犯罪』である。いわゆるwikipedia:円本。著者は高田義一郎(こんな人)、発行元は武侠社、昭和四年十月発行とある。ちなみに、見返しに「4.12.2.」「4.12.5.」と手書きのメモがあり、最初の持ち主は三日で読んだのだろう。昭和四年十二月二日から五日にかけて。
 昭和四年は1929年。1929年といえばwikipedia:1929年である。こんな年に変態性慾ものを読んでいたやつがいて、「これは【人生をかけている】な」とか、「【ラーメンが獣臭い】犯罪だ」などと言いながら読書し、律儀に読み始めと読み終わりをメモしていたというのがいい。こいつは結局この全集十五冊揃えることができたのだろうか?
 さて、この手の全集といえば月報がだいたい挟まっているものであって、俺が買ったものに挟まっていた。一発スキャンしてみたので、ごらんいただきたい。クリックして開いた所で、さらにオリジナルサイズを云々ボタンを押せば、大きすぎるサイズで読めるはずである。
 ちなみに本編はGoogleブックスで読めてしまうので、勝手に読めばいい


 「全國五萬の讀書家よがつしりと腕を組め!」との呼びかけがから始まる。過去の全集なんてのは古典の集成だ、これは「生きた全集だ」と生臭いこといってる。しかし、「最後の一頁を完全に自己の書庫に納めるために發禁を押退け、飽くまで本全集を守らうではないか!」というところに悲壮感があっていい。ど真ん中には「マゾヒストの女のエクスタシー」図がどーんとあるのもいい。ただ、左上の方から長々と「賭博場公許の建議」なる記事がページを占めるのには違和感がある。wikipedia:尾佐竹猛大先生ということだろうか。いや、待て、變態科學月報ではないのだから、賭博も主要なテーマではあろう。

 ペロッとめくると、表紙左下の「好色ロンドン女」の続きが下段で続いているので注意が必要。大部分を占めるのは「カフエーの流行と買淫」である。

 現代の日本に於けるカフエーの流行ほど、すさまじいものはない。カフエーの青い灯、赤い灯は、老いも若きも問はず、現代日本の偉大なる憧憬の對照である。食卓の上の強烈な酒の香と妖艶な女給の嬌笑は、まさに現代生活唯一の快きオアシスたるの観を呈してゐるのである。現代の日本を語るものは、須くカフエーの觀察を看却すべからず、こういつたとて敢て不當の言ではないのが、現在の實情であるに外ならない。

 引用の旧字体不十分は、家のパソコンのGoogle日本語でやってるので適当。許されたい。ただ、「對照」などは原文ママであって、だいたい何回「現代」言ってんだみたいな、思わず赤を入れたくなる文章なわけだが。まあいい、ともかく日々スターバックスMacBookを広げるノマドたちの世相についての話だ。いや、違う、俺は怖くて入ったことがないから知らぬが、女給が嬌笑しているという話は聞かない。じゃあ、メイド喫茶か? まあ、そんでテンポの早いスピード時代だから、ジャズ的流行のカフエーが流行るのだってさ。で、買淫とこういう流行は切ってもきれねえから、現代の買淫はカフエーを無視しちゃいけねえって。
 で、17世紀のオールド・ロンドンでも珈琲店が流行り、三つのタイプに分けられた。第一に文芸、経済、政治、社交の場、第二に飲食の享楽機関たるもの(グルメ志向?)、第三に賭博、買淫の媒介機関であると。そんで、「現代」日本のカフエーは「第一のものはなく第二のものでありながら、第三にもなり切つていない。そこに矛盾があり、悲哀があり錯誤がある。……ってお前がなに言ってるのかよくわかんない。で、今は過渡期で、いずれ買淫の巣窟になるとか言ってて、最後にこう〆てる。

本質はもつといづれかに即ち右翼化するのか左翼化するのかにある。左翼化すればそこにカフエーと買淫の関係は、即ちオールド・ロンドンの第三のカフエー型となるものであらうか。

 と。ここの流れはいまいちわからん。この2012年に生きる俺としては、左翼化(=共産主義国化)したら、そんな買淫カフエーは潰されるんじゃねえの? というあたり。が、これは昭和四年の話である。というか、右翼化しても潰されるじゃん、みたいな気もするが、やっぱりなんだ、左翼=自由=エロなのか? でも、おまえらエロじゃん。よくわからん。で、書いたやつはどんなやつかというと、こんなやつらしい。

喜多壮一郎 きた-そういちろう
1894−1968 大正-昭和時代の法学者,政治家。
明治27年2月24日生まれ。大正11年早大教授となる。専門は国際法昭和11年民政党から衆議院議員となり,商工参与官,大政翼賛会の国民生活指導部長などをつとめ,戦後公職追放。28年改進党から衆議院議員に復帰した(当選通算4回)。昭和43年1月28日死去。73歳。石川県出身。早大卒。

喜多壮一郎(きた そういちろう)とは - コトバンク

 これを書いた6年後に議員になったりしてらっしゃる。公職追放後、また政治家になってる。検索したら、国会のデータベースに議事録がある。

 大体、吉田内閣は、今日まで憲法の問題については、すつきりとした、はつきりとした、筋の通つた、割切つた態度を示しておりません。まことに横着千万だと私は申さなければならないのであります。(拍手)しかるに、MSA協定を承認することにおいて最も重大な問題は、憲法と協定との関係であります。端的に言えば、MSA協定の根本精神は、どんなに曲解しても、またいかに弁解しても、結局は軍事的義務を貫くものでありますし、またMSA援助そのものは軍事的援助で、それ以外の何ものでもないと私は信じます。(拍手)でありますから、日本が、日本人自身、われわれが軍事力をまつたく持つことができないのならば、日本はMSA援助の対象になることは絶対不可能だと結論せざるを得ない。しかも、日本の現行憲法は軍事力を持つことを否定している。そこで、われわれ改進党は、自衛権憲法上認められているものとして、三党防衛折衝に協力したのであります。(拍手)ところが、この政府は、軍隊を持つことは憲法違反だと言つております。戦力保持も憲法違反だと言う。しかも憲法は改正せぬと言う。この大きい矛盾のままで今度MSA協定を調印したのでありますから、国民は深い疑惑と不安の中に本協定調印に直面していると言わざるを得ないのであります。(拍手)

衆議院会議録情報 第019回国会 本会議 第18号

吉田自由党内閣は、MSA協定を実行する今後において、防衛庁設置法案と自衛隊組織法案による自衛隊そのものを軍隊でないと否定し去るつもりで海外出兵せずと主張せられるのか、それとも、われわれ改進党の主張のように、軍隊ではあるが性質は自衛のためだという本質的な見解からして海外派兵せずと言うのであるか、その点すこぶる不明確でありますから、この壇上から明確なる答弁を求めてやまないのであります。(拍手)私は、朝鮮戦争における過去の事実から見ても、または今後の世界情勢の見通しからしても、MSA協定の調印に際して、政府の言うがごとくに、海外派兵せずとか海外出兵せずというがごとき主張は、おそらく貫くことはできないと予言してはばからないのであります。

 と、なにかこうまた、小熊英二の本に戻ったかのような錯覚が。MSA協定はwikipedia:日本国とアメリカ合衆国との間の相互防衛援助協定。このあたりは今現在までなお続いている問題にほかならないだろう。
 が、いったん目を「カフエーと買淫」に戻せば、「マゾヒストの女の狂態」なる絵が鎮座していて、MSAじゃなくてSMじゃろか、という気にもなる。なお、ページ左上はエロ外国語紹介で、この手のにはよく見る企画。

 3ページ目は「江戸のエロチック美術」。

 誇るべきことであるか、誇らざるべきことであるかはさておき、我が日本は最も素晴らしい世界的なエロチック美術を持つてゐる。

 と、春画の話などしている。これなど、21世紀の今日、アニメ、ゲーム、漫画などなどのメディアを通して、その世界文化侵略しつつあるので、完全にあってる。なお、江戸時代は彫刻方面に乏しかったと述べているが、現代はそのあたりの立体も最強に強まってるので安心してほしい。ちなみに、著者の名前で検索しても誰やらわからん。
 中段の「喫煙室」は読者からの投稿コーナー。え、第一号なのに? いや、発刊前に金を集めるシステムか。とすると、ディアゴスティーニより先を行ってるし、手紙もくるか。発禁覚悟だが、発禁されるよりは、されないほうがいいに違いないというところがいい。

 最後は「最近の性慾的刊行物」の目録と解説。「禁止」の文字も並び、この時代の表現の苦しさを思わせる。西鶴全集なんてのもアウトになっている。過去の虚淵玄に、今の虚淵玄に、これからの虚淵玄に拍手を。
 で、中段に今後の総目録。錚々たるメンバーが並んでいる(たぶん)。12巻の古畑種基は小熊英二の『単一民族』の方にも出てきたな。まあ、この一巻でも一章割いて血液型の話をしているが(かつての血縁鑑定の方法として、遺骨に血を染みこませてみるというやりかたがあったらしい)。まあしかし、「掏摸」の話などはそれこそ産経新聞が大好きな二つ名持ちがたくさん出てきたりするのであろうし、「刑場秘録死刑囚断末語」なんてのは興味深い(あれ、おれ、死刑反対派じゃねえの?)。
 「編集室」(旧字めんどくさい)は、編集後記。全集には月報がつきものだから、つけなきゃいけないけど、月並みだと面白くねえからどうしよう。あ、そうだ、そういや執筆者はドエロ画像たくさん持ってるから貼りつければいいんじゃね? みたいな話をしていておもしろい。
 左下は次号予告。その指、アンクル・サムでは……!

関連

 こちらに発行の武侠社についての話が。『犯罪科學』はちゃんと最後まで出たらしいが、その次の『人情地理』は途中休刊らしい。柳田国男が連載していたという「常民婚姻史料」って吉本隆明高群逸枝の批判と一緒に引用してたやつだろか。