深町秋生『アウトバーン 組織犯罪対策課 八神瑛子』を読む

 年明け、ベルトのバックルに仕込んだ隠し銃持ってて逮捕されたやつがいるってニュースを読んで、「年末にやってた『BLACK LAGOONOVA特別編集版でロベルタが使ってたやつじゃん!」とか思って、それでなんか『ヨルムンガンド』のCMも間に挟まってたことも相まって、「なんかそういうのもっと」を漠然と求める気になっていた。漠然としているので、ガンアクションなのか、裏社会ものなのかよくわからないが……。

アウトバーン 組織犯罪対策課 八神瑛子 (幻冬舎文庫)

アウトバーン 組織犯罪対策課 八神瑛子 (幻冬舎文庫)

 というところで、この本と目があって、「これか!」と思った。たぶんネットでなんか見かけた!
 というわけで、主人公は「暴力を躊躇わず、金で同僚を飼い、悪党と手を結ぶ」美貌の女刑事。強い女だ。読み始めてしばらくして、たとえばどんな女優がしっくりくるかなど想像するが、いまいち思いつかない。おれの脳内芸能人ストックは非常に少ない。だったらアニメかと思うと、新企画で話題になっている『攻殻機動隊』の草薙素子など思い浮かぶ。しかし、八神瑛子は全身高性能義体のマシーンではない。すげえ強いが、35歳の生身の女性だ。

 玲子はスーツのポケットからハンカチを取り出した。それをまず広げて、ボクサーのバンデージのように右手に巻き始める。巻きながら、ドアチャイムを鳴らす。

 高性能義手でもないので自分の拳を保護する必要がある。痛い目に遭えば怪我もする。ただ、滅法強い。おそらくはしなやかに鍛えられた美しく長い腕から繰り出される刺突のような拳を腹に突き刺されてゲロをぶちまけてのたうち回りたくもなる。いや、うそ、痛いのは嫌いです。
 まあともかく、無敵超人じゃねえって痛々しさがまた魅力でもある。

 彼女の冷ややかな顔つきを見ていると、若かりし日の公安時代に対峙してきた敵を、思い出さずにはおれなかった。福井で見たイスラム系テロ組織に関係しているといわれるレバノン人や、北海道の小樽で中古輸入業をしていたロシアンマフィア、京都の学習塾に出入りしていた極左活動家。思想や信仰が強固な信念を作り上げ、自信の感情をマシーンのようにコントロールできる。八神はそうしたタイプの人間に見えた。

 ただ、エリート畑を歩んできた署長(この人のイメージは、これまたアニメになってしまうが『サイコパス』の宜野座さんだな)、目的のためには手段を選ばず、「感情をマシーンのようにコントロールできる」人間に見える。読者にもそのように見える。その真の目的はといえば……、つづく! なのだけれども。
 ただ、ややボカシ気味に書けばその冷徹さ、信念、強さというところは、ある意味での「母は強し」のようにも見える。そのままの意味とも言えないが、そういうところがあって、肉体の限界をも超えるところの強さが出てくる。むろん頭も切れる。そういう美貌の35歳、いいです。
 そして、警察小説。おれは親戚に警官一家のようなものがいて、正月など現役警察官と一緒にテレビの「警察24時」みたいなドキュメント番組を見てああだこうだ言うのを聞いたり、あるいはその懐事情や、ここにはとても書けないようななにかの話などを聞いたりはしている。ひとつぶっちゃけると、鎌倉の実家を処分して夜逃げのような形で一家離散したときに頼ったのは、その警察官の伝手で知り合った(十文字削除)だったりする。
 で、警察官という人種をあるていどは知っているつもりだが、逆にぜんぜん知れないと思うこともある。子供時分から知ってて警察官になった子なども、しだいになにかこう、違う空気をまとうようになる。おれ自身が属したことがないのでわからないが、「組織の人間」って感じだ。その組織は強大で、しかも内輪の結束というものはものすごく固そうだ。それで、「辞めたい、辞めたい」というわりに、辞めたりはしない。なにか暗いところをチラッと感じるところがある。その暗さ、秘密結社性、あるいは大企業などにも敷衍できるかもしれん人間組織一般の暗部……このあたりが刑事対警察組織的なハードボイルドかノワールかの魅力ってもんだろう。ロイド・ホプキンスシリーズ、L.A.四部作。八神瑛子はどこまで獣臭いラーメン屋の階段を昇り、暗部に浸かっていくのか。
 というわけで、まずこれは第一話。二冊目はアウトバーンならぬアイスバーンの路上をアマゾンからおれめがけて走ってきてるはずだ。おしまい。