深町秋生『卑怯者の流儀』を読む

 

卑怯者の流儀 (文芸書)

卑怯者の流儀 (文芸書)

 

  携帯端末に触れた。監視アプリのウェブ管理画面にログインし、佐竹が持っている携帯端末の音声マイクをひそかに起動させる。米沢はイヤホンをつけ、ビルの壁にもたれて耳をすませる。ビルのテナントには、とんこつラーメン店が入っており、獣臭いスープが鼻に届く。

―「策略家の踊り」

警察の監視網が星を覆い電子や光が世界を駆け巡っても、ヤクザやチンピラが消えてなくなるほど浄化されていない近未来……というか現在。深町秋生が描くヤクザはまさに暴力団への締め付けが厳しくなり、下手をすれば「弱者」じゃないのかという姿を描く。多分に暴力団寄りの見方(個人的には暴力による組織的な犯罪などは消滅してほしいと思っているが)かもしれないが、そのように思う。そう、そこに描かれているのは「ワシらに人権あるんかのう」の世界。映画『ヤクザと憲法』の世界だ。

d.hatena.ne.jp

が、主人公は元マル暴のヤリ手、今は暴力団の裏風俗に通い、押収物の裏DVDをコピーする、冴えない中年警察官。これが東京のアンダーグラウンドをゆすり、たかり、殴り、殴られの日々を送る。なぜ彼はこんなふうになってしまったのか、という大きなラインもあるが、基本的にはエピソード一章読み切り。とはいえ、主人公のほか、かつての部下で、今や上司になった人間兵器のような巨漢(漢?)の「関取」や、身内の不正を追い詰める「ゴースト」といった、深町秋生らしい妙に魅力的な女性警察官たちも出てくる。そしていうまでもないが、すこぶる面白い。

まあはっきり言っておれにはまったく縁のない世界だから、「リアルだ」とも「こんなの小説の中だけだよ」とも言えない。おれは接待してくれるおねえちゃんのいる店で酒を飲んだこともないし、裏風俗とも(表とも)無縁だ。だが、なんというか、このしみったれた世界は実にありそうに思えてきて、どうも没入してしまう。情けないお巡りものがすきなあなた、とっとと読んでくれ。以上。