薄暮開催の根岸競馬場、緩く長い4コーナー。無理矢理公園から改修したせいで、コース全体に傾斜があって見ていると平衡感覚が狂う。今にも雨が降りそうで、四隅の照明灯が真っ白な冷たい光を放っている。
一人の日本人労務者風の男が近づいてきて、おれの真横につけた。
「……的場は4着だな」と男。
「そうかね」とおれ。
その一言の間に、おれの出馬表の間から男が封筒を抜き取る。そして去る。今日の「仕事」はおしまいだ。
馬場に目を戻すと、バリアーが跳ね上がってレースが始まっていた。橙色の帽子の騎手が出鞭をくれてハナを奪う。おれの考えていた展開と違う。中団から後方に構えていた人気馬がすべて上位に着た。おれのくじ券は紙くずになった。あんパン4つ分だ。4等馬見所の客はとぼとぼとパドックに向かう。向こうにそびえる1等馬見所は高そうな灯火が見えるばかりでようすはわからない。灯火に安いも高いもあるのか? 「八一」マークつきの、Fi156に似た軽飛行機が後ろの簡易滑走路に降りてきた。
次のレースの出馬表に目をやる。レースのクラス分けもなにもわからない。父馬欄に精英大師の名が4つもある。走ってる馬の得体はしれない。ひょっとしたらロバが混じってる。出馬表では牝馬となっているのに、パドックで馬っけを出しているなんて話はザラだ。返し馬で騎手が馬を交換するのを見たこともある。そして、もう的場の名の付く騎手なんていやしないのだ。
そもそも、横浜以外の全世界がどうなっているかなんてまったくわからなかった。ある者はApple社が世界の情報を改変してソヴェート連邦を復活させたといい、ある者は厚木基地でまだ交戦が続いているという。また、町田が独立したとか割譲されたとか……。テレビで流れるのはよくわからない京劇と、深夜にはひたすら『涼宮ハルヒの憂鬱』のエンドレスエイトが流されつづけていた。インターネットなんてものはなくなって、もっとも古典的なラジオも妨害電波でなにも聞こえやしなかった。
ただ、いくらかの娯楽は残されていて、この根岸競馬もそのひとつだった。ほかにも横浜棒球リーグというのがあって、今年は横浜高校がぶっちぎりで、ベイなんとかいう元プロチームは相変わらず低迷していた。
おれは馬場にそっぽを向いてスタンドへ
……昼に書きかけたなにかのつづきを書こうとして目に入った。たぶんこれのつづきなんだけど、時期を逸したのかなんなのか放置されていた。意味なくアップすることにしたが、放置されたまま終わっていた。