季節は五月のはじめ、ようやく暖かくなりはじめたころのこと。裏路地の小さなパスタ屋から出て来る男女。駐めておいたおそろいの小径車を漕ぎだしてしばらく、女がゴミ捨て場の前を通りながら、「すごいおしっこのにおいね!」という。男は「猫かな? 強烈だね」と応える。
けれど、男は知っていた。それは染み込んで、染み込んで、どうしようもなくなった人間のにおいだった。そんな衣服……、あるいはボロ布が捨てられているのだった。
そんな布を人が必要としなくなる。あるいは布が人を必要としなくなる。どういう意味合いで?
「先いくわよ!」
女の声に我に返った男は、そのにおいを振り切るように、五月の中を走りはじめた。もっと新しい、まっさらな方に向かって。