ヘンリー・キャヴェンディッシュとヴィヴィアン・ガールズ、あるいはついていない男と『人類が知っていることすべての短い歴史』

人類が知っていることすべての短い歴史

人類が知っていることすべての短い歴史

 ギヨーム・ル・ジャンティという1725年生まれの不運な男がいる。詳細はWikipediaで。

ギヨーム・ジョゼフ・ヤセント・ジャン=バティスト・ル・ジャンティ・ド・ラ・ガレジエール(Guillaume Joseph Hyacinthe Jean-Baptiste Le Gentil de la Galaisi〓re, 1725年9月12日 – 1792年10月22日)はフランスの天文学者である。メシエ天体M32,M36,M38を発見し、1748年に干潟星雲(M8)の中に星雲を発見し、はくちょう座暗黒星雲を発見するなどの業績があるが、最も知られているのは1761年と1769年の金星の日面通過の観測の際に、連続して不運にみまわれたエピソードによってである。

 おれはこの男のエピソードを『人類が知っていることすべての短い歴史』で読んで知った。そんな時代に三角測量の原理で金星と太陽の間の距離を測ろうとしてたなんてことに驚いた。そして、こんな不運なやつがいたことに。
 『人類が知っていることすべての短い歴史』は人類が知っていることすべての短い歴史についての本だ。科学史の本といっていいのかもしれない。『インフォメーション: 情報技術の人類史』(ジェイムズ・グリック『インフォメーション 情報技術の人類史』を読む - 関内関外日記(跡地))の巻末宣伝で「これもたしか評判がよかったはず」と思い読み始めた。実のところまだ読み終えていない。あと、途中まで同じ著者の本かと思っていた。翻訳者が同じなのだ。
 話は変わる。ヘンリー・キャヴェンディッシュという変わり者の科学者がいる。詳細はWikipediaで。

 極度の人間ぎらいで、本書によれば召使にも手紙で指示をしたとある。知識人の会合に顔をだすこともあるが、面と向かって話しかけるとメタルスライムのように逃げ出してしまう。なんとなく隣に並んで明後日の方向を見ながらキャヴェンディッシュにとって興味のある話をひとりごとのように言うと、たまにひとりごとのように「会話」が成り立つという。それ以外は、莫大な資産をもとに作った自宅兼研究室に閉じこもっていた。莫大な資産家であるということを除けば、同じヘンリー、ヘンリー・ダーガーみたいなやつじゃないかと思う。なにやらたくさんの重要な研究や予測を残していたが、それが日の目を見るのも彼の死語だったという。

 さて、このキャヴェンディッシュを取り扱う一節で、「実験室内の質量間に働く万有引力の測定と地球の比重の測定を目的とした実験」について述べられていた。キャヴェンディッシュ自身が制作した機器ではなく……というところにも話がある。ただ、どんな機器なのかいっさいイラストも写真も載っていないのだ。おれは、それが少し不満だった。興味深く、わかりやすい展開、文系高卒のおれを飽きさせない。ただ、ちょっと写真や表がもうちょっとあったら。そんなふうに思いもしたのだ。
 が、Wikipediaで絵を見てどうですか? 概念図を見てどうですか? はっきりいって、おれにはさっぱりわからない。これで万有引力の測定と地球の比重を測定しようとして、万有引力定数と地球の質量がわかったりするのですか。
 いや、要するにわからんのだな。先の三角測量の原理で天体との距離を……といわれても、実のところ理解の外なのだな。おそらく読み終えてもそれはそうなのだろうな。冥王星の扱いはその後のアップデートが必要だな、とか思っても、実際のところ冥王星についてどこまでわかったかといえば、あまりわからんのだな。なぜはるかはるか遠い星にはガラスの嵐が吹き荒れているなんてことがわかるのか、わからんのだな。
 ただ、わかりたいと思う人にとっては格好の好著に違いないだろうと思う。太陽までの距離を自力で測ってやろうというやつ、機械に負けないで超新星を発見してみようと思うやつ、いろいろいるかもしれない。まあ、若いやつ、おそらくは中学、高校生向きなのだろう。
 おれはといえば、同じヘンリーでもダーガーの方なので、ヴィヴィアン・ガールズの方の人間だ。ギヨーム・ル・ジャンティの話も、どこか『天平の甍』を思い出したりする方の人間だ。世の中のことがらを文系と理系にわけるのは馬鹿馬鹿しいという話もあるが、馬鹿なおれは文系のカテゴリからしか世を見られない。ニュートンのように太陽を直視するようなタイプじゃないのだ。でも、『人類が知っていることすべての短い歴史』は抜群に面白い。科学的正確さは知りようがないが、おれはそう思う。
 実のところ、おれはこの世はすべて理系でできていると、どこかで信じている。おれのような人間が話にならないと、そう思っている。だからせめてこんな本を読んだり、SFを読んだりしているのだろうと思う。