『わたしを離さないで』を読んだりみたりしたりするのこと

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

 白く塗りつぶされたような世界。白い静寂は圧迫のようであって圧迫ではない。縛られていることが縛られていないように感じられる。それは登場人物たちがそのような視座を与えられているからであり、読者はそれに巻き込まれてしまう。当たり前のように、従順に。そこにこの作品の恐ろしさがあるし、真髄がある。恐ろしい、恐ろしい小説である。 実写映画というものには人間が映る。まあ基本的にはそういうものだ。否応なく人間が映る。『私を離さないで』の登場人物たちがそこにはいる。やはり、人間なのだ、と思う。小説では深いところから抑えつけられていたものが、抑えつけられているがままになっていたようにも感じられたところが、如実に現れている。これが映画になったというだけで、すでに小説は小説、映画は映画となった。それほどの違いがある。映画にはある種の納得を得る。ただしそれが小説にくらべてより好ましいといえるかどうかは別である。映画は映画としてのなにかしらの語り口があり、台詞があり、尺がある。その上で、この映画化もある。悪くはない。むしろいい。船のシーンなどとくにいい。一方で、小説がひた隠しにしていたかのような感情の部分は直接的に現れる。訳語にそれはあらわれる。その直接性において、おれは小説のほうが好きだが、だからといって映画が悪いとは言えない。もし、未見の人いるなら、できることなら、小説を先に、とは思うが。