悲観的な世界観と奇妙なしばき主義……アラン『幸福論』を読む

幸福論 (角川ソフィア文庫)

幸福論 (角川ソフィア文庫)

 「え、なにこの表紙?」と思って思わず手にとった。おれは根っからの悲観論者で、おのれの人生になんの希望も抱いていない。ゆえに、数あまたあるライフハックの元ネタみたいな『幸福論』なんぞ元来まったく読んだりはしないのだが。しないのだが、手にとった。
 最初が馬の話だったというのがいい。アレクサンドロス大王とブーケファロスの話だ(本書だと「ブケファルス」だけど、たしか漫画『ヒストリエ』ではブーケファロスだった……ような)。暴れ馬のブーケファロスに皆が手を焼いていた。ところが、アレクサンドロス大王(そのころ大王だったか知らんが)は、ブーケファロスが自分の影に怖がっていることを見抜き、シャドーロールを装着、一気に500万から準オープンまでぶっこ抜いたという話である(ちょっと違うけど気にしない)。要は赤ん坊がぐずっていたら、その性質や好き嫌い、遺伝要因まで考えたりするな。ひょっとしたらピンがただ刺さっているだけかもしれないじゃないか、というのだ。この直裁的な考え方は嫌いじゃない。
 その調子でアランは人間の心理、とくに悲観的でふさぎこみな(おれのような)心理について、そいつは瞑想をしないからメンヘルになっている肉体的な要因じゃないのか、と繰り返す。

《おれは悲しい。おれは何を見ても暗く考える。しかしさまざまな事件はおれとはなんの関係もない。おれの理屈もなんの関係もない。理屈をこねたがるのは、おれの肉体だ。胃袋の意見なのだ》

体操によって自分の筋肉を支配することのできない人たち、つまり臆病者と言われる人たちは、かき乱された血液を、彼ら自身の内部に感ずるものなのだ。この血液がやわらかい部分に運ばれ、そのために理由もなく顔が赤くなったり、あまり押しつけられた血が大脳に侵入したりして、そのために短期間の錯乱を生ずる。

 この調子である。これはもう例えばおれが(期外収縮という病名はついているけれど)、精神の安定をはかるための一助としてアロチノロール塩酸塩を飲むような話である。脳の不安でドキドキが起こるのを、心臓の機序の方でどうにかしようという発想である。原因と結果を取り違えるべからず。いや、あえて取り違えよ。おれはニートのころ髀肉をかこちどうしたか。スクワットを日課にしたのだ。悪くない。
 そういうアランだが、徹底した不幸論が根底にあるように思える。不幸必定。ほっといたら人間は必ず悲観論に陥る。不幸になる。水が上から下に流れるように、そうなってしまう。それが前提にある。だからこそ、意志を持って幸福たらんと決心せよというのである。それは次の言葉に要約されよう。

 悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する。

 って、これはエンツェンスベルガーの本に出てきたやつじゃないの(人間、「ラク」じゃいけねえのかよ。「したたか」に逃げてちゃいけねえのかよ。 - 関内関外日記(跡地))。というわけで、幸福になるには流されがちな気分を排し、強い意志を持てというのだ。そして運動しろ、自発的な労働にいそしめというのだ。不断の努力が必要だ。
 おれはそこでもう躓いてしまう。言ってることはもっともだ。正直、『幸福論』は「ふさぎ病患者」のおれにも面白く読めた。ただ、面白く読めただけで、役には立たない。おれは楽をしたいからだ。意志というものが先天的にだか、後天的にだか、すっかり欠けてしまっている。おれはもうおれを諦めている。そういう人間には、松岡修造みたいなのは鬱陶しいだけなのだ。
 とはいえ、その意志のありようについての考え方はやはりちょっと面白い。

……決して意志の力でしなやかになろうなどと試みてはならない。自分の意志を自分に適用したのでは、ぎこちなくなって、しまいには首を締めるようになる。自分のことを考えるな。遠くを見よ。

……しかし私は、幸福の秘訣の一つは自分自身の気分に無関心でいることだと思う。

 これである。これにはどこか東洋思想の匂いがする。自己の執着を放棄せよ。悟りたいと考えていることが悟りの邪魔になる。無になろうとする意志が無の邪魔になる。そんな感じがする。ここのところのさじ加減というやつが、単なるしばき主義とは違ってるな、と思わせる。
 とまあ、そんな具合におれは『幸福論』を読んだ。読むのが遅すぎた、という気もする。おれは小学生のころから「楽観主義と悲観主義では、悲観主義の方が得である」という理論で生きてきたから(楽観主義では成功したときのみプラスだが、悲観主義では普通の結果でプラス、成功だとなんとプラスが二倍)、読むのなら幼稚園児のころがよかったかもしれない。まあ、必読の書といってもいいんじゃないでしょうか。おしまい。

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……シモーヌ・ヴェイユはアランの生徒だったそうで。

……これはあまり関係ない。