
- 作者: 中島義道
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2003/08/01
- メディア: 文庫
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本書で私がつかんだこと、それは「嫌い」という感情は自然なものであること、そして恐ろしく理不尽なものであること、しかもこの理不尽さこそが人生であり、それをごまかしてはならないこと、このことです。こう確信して、私は少し楽になりました。
と「はじめに」。世の中には「好き」とか「嫌いにならない」に関する本などは溢れているが、「嫌う」をテーマにした本は少ないという。たしかにそんな気はする。読んでないけどアドラーだかの『嫌われる勇気』にしたって、「嫌う」じゃないものな。
好きな人と嫌いな人がさまざまな色合いで彩る人生の方が豊かなのではないかということです。ひとを嫌うこと、人から嫌われることを人間失格のように恐れなくともいいのではないか。「好き」が発散する芳香に酔っているばかりでなく、「嫌い」が放出する猛烈な悪臭も充分に味わうことができる人生ってすばらしいのではないか。そう思います。
この前向きだか後ろ向きだか横向きだかわからぬ姿勢。「好き」の芳香にばかり酔えるたぐいの人間ではないおれには、なにか勝手に共感できてしまうところがあるのはたしかだが。
それで、どんな「嫌い」があるのか。
文化的上位にあると自覚している者と文化的下位にあると自覚している者とのつき合いはなかなか難しい。そこに、自然に前者は優越感をもち、後者にはもともと劣等感がありますから、そして前者はそれを出さないように気を配り、後者はそれを見透かされまいと必死になりますから、そこにはたいへん緊張した空間が開かれます。
平等思想の行き渡ったわが国の昨今であればこそ、ここに日常的な「嫌い」の原型が潜んでいるように思います。つまり、微妙な差異に対して人々は過敏になり、ふと油断すると「嫌い」がわずかな亀裂からめりめりと拡大する、という粗悪建築のような構造が現代日本社会だと言っていいでしょう。
著者は日本社会全般についてこう語る。おれはこの箇所を読んで、ネットという「空間」について思わずにはいられなかった。ふとした油断が「嫌い」の炎上につながる(油を断つのに)、そんな光景が浮かんできた。さらに言えば、ネット空間では「気を配り」がそもそもあるのかどうか、違った階層のものがごちゃまぜになっていて……。ようわからん。ようわからんが、えらい人、お金持ちの人も、「さばけた気取りのない庶民感覚」の態度をとっていれば、少なくともその点で炎上の幾分かは避けられるというところはあるか。とはいえ、結婚や子持ちまでが「微妙な差異」となっている昨今、なに導火線で、なにが火種かわかりゃあしないといったところか。
あるいは、『中学生日記』を題にとった箇所。Kという嫌われ者の生徒がいる。これに対して。
先生は、何とかKをみんなの中に入れなければと奮闘するばかりでなく、「嫌われること」をKに思い知らせて、そこから新しい生き方を探るように指導してもいいのです。「そんなことをしたらみんなから相手にされないぞ」というお説教ではなく、「みんなから嫌われるのが厭ならお前は自分を変えなければならない。しかし、変えたくなければそれでもいい。みんなから嫌われる生き方、それはそれで一つの生き方だよ。その生き方を必死で追求しろよ」と教えることです。
これはたいへんな発想の飛躍、いや、転換か。
中学生にとって、これはたいへん高級な考えですが、それはみんなが思い込みたい「ひとを嫌ってはならない」という大枠を外す必要があり、その枠の外に出る必要があるからです。
ああ、なんというかこのあたり、人間嫌いでひとを嫌って、最小限のつき合いと呼べるかどうかのつき合いしかない自分に当てはまってくる。わーい、高級、とか言っていいのかどうか。嫌われずとも、世間に居ないかのような生き方、隠遁? そんなものにおれは憧れ、幼稚園を出れば幼稚園の友人と切れ、小学校を卒業すれば小学校の友人と切れ、高校を卒業すれば高校の友人と切れ、大学を中退すれば(以下略)……。まあ幼稚園は学区のズレで3人しか同じ幼稚園出の人がいなかった、中学進学にあたってはだれも知る人のいない私学に進んだ、というのもあるけれど、それが習慣になってしまった。そして、夜逃げなどいろいろあって、過去、私を知る人が、今の私の居所も生死も知らないというのは、なんとも清々して気持ちがよいものだ、というところがある。これって、中島義道がほかの本で述べている、半分降りた生き方だろうか。まあ、全部降りたいという気もするが。
ほかにはなんだ。著者は「嫌い」を八つの原因に分けて分析している。それは本書を見て確認してもらいたい。そのなかで著者自身がおそらくもっとも強烈なものと考えているのは「嫉妬」ではないだろうか。著者の嫉妬の対象を列挙するところはなかなかの迫力がある。でもってこうだ。
閑話休題。あくびの音が頻繁に聞こえてきました。私のことはこれくらいにしましょう。とはいえ、多くの人生通たちが嫉妬の重みを承認していることを知ると、私のような嫉妬深い人間はまことにほっとします。嫉妬とは「あらゆる不幸のうちで最も辛く」(ラ・ロシュフコー)、「すべての苦悩のうちで最大のものであり」(スタンダール)、「悪魔的背徳」(イマヌエル・カント)であり、「人間の情念の中でもっとも普遍的で根深いものの一つ」(バートランド・ラッセル)であり、「人間性の究極の本質」(谷沢永一)なのですから。
そう、嫉妬。おれもなんだかんだいって嫉妬深い人間だ。いや、なんだかんだ言わずとも嫉妬深いといえる。もうべつに死んでもいいという諦念と同時に、どす黒い嫉妬があるのは否めない。あと、言わんでいいことをいうと、おれがNTR好きなのはそこに根ざして、快楽に転化させようとしているところがあるかもしれない。まあいい。
スタンダールも引用してるラ・ロシュフコーの次の言葉は、血のしたたるほどの真実です。
人は嫉妬するのを恥じる。しかし、嫉妬したことがあるということや嫉妬ができるということは、誇りに思う。
これである。醜いながらも、相手の才能をしっかりと見届けた上で嫉妬する。真価を知ってしまった上で嫉妬する。著者はそれを「醜いことには変わりありませんが、誠実でありまったく健全だと思います」という。これにはハッとさせられるところがあった。醜いけど誠実であること、健全であること。発想、思考にドラゴンスクリューという感じで、「そういう見方もできるのか」とドラゴンスクリューで傷めた膝を叩きたくなる感じ。面白い。
そして最後に、究極的(?)な「嫌い」。個人の属性(「のろまだから」)とか、集団的な属性(「ユダヤ人だから」とか)いう「嫌い」のさらに深い部分。
しかし、さらにこの悪魔的な段階にこの原因は深く深く根を下ろします。それは「その人だから嫌いだ」というものです。その人のいかなる属性を挙げるものでもなく、人の属する集団を挙げるのでもなく、まさにその人だから嫌いなのです。
私はこういう「嫌い」を根絶する方法はないと確信しています。私がなぜか知らないが、ある人を好きであるのなら、やはりなぜか知らないがある人を嫌いであるのは、ごく自然でしょう。
それでもなお、「さしあたり努力してその原因をつきとめることです」という。原因があったらあったで楽にはなる。その探求のなかに、自分というものを見出す(こともある)。うーん、「嫌う」ことも深いものだ。
そんな自分を嫌う自己嫌悪というものも根深い。
「人間嫌い」という自己嫌悪もまた自分が傷つくことを病的に恐れている。
他人が原理的にすべて嫌いなのですから、どんな他人から嫌われてもおあいこである。特定の他人から嫌われているという証拠をつかんでも、はじめからすでに自分が相手をきらっていたのだと納得すれば、自尊心はそれほど傷つかなくてすむ。
このあたりはグサグサおれに刺さってくるところである。いやはや、見透かされている! と、同じく著者もこの技巧を磨いて何十年というのだから返り血やらなんやらでドロドロである。まあおれはこういうタイプの人間だ。
社会的に成熟して他人とうまくつき合うことは大層しんどいのに、それこそ唯一の正しい生き方であると洗脳されつづけますと、ますます自分を追い込んで不幸になる。そうではない生き方、しかも豊かな生き方があると思い込めたら、なんと救われることか。なぜなら、内心の声に耳を傾ければ傾けるほど、何度考えてもこういう(私のような)人は平衡感覚をもった成熟した立派な大人にはなりたくないからです。
こういう人は、ある歳まで自殺せず精神的に崩壊せずに生き抜いてきたら、それだけで勝利なのですから、その後の人生を自分に居心地のよいように巣作りすることに勤しめばいい。それは、適度に他人を受け入れた孤独を保つよう努力することです。
そういう(おれのような)人間は、大人になりたくなかったのか。しかし、おれもそれなりの年齢だが、生き抜いたという感じはない、というか、精神崩壊しないよう薬を飲みつつ、日銭を稼ぐために這いつくばって敗者の道を下り続けている。いつしかおれにもそんな巣作りをする余裕の日が来るのか、それとも自殺か。勝利の日は来るのか。刮目して待て。以上!
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どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか? (角川文庫)
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