インターネットのおれ史観、あるいはブレイクするということは、かしこい人間にも見つかるということ

いつ、どこで言った、あるいは書いたのか知らぬが、有吉弘行の名言として「ブレイクということは、バカに見つかるということ」というのがある。いろいろ含蓄がありそうな言葉ではある。だが、一方で、ブレイクする(=有名になる)ということは、かしこい人間にも見つかってしまうことではないだろうか。

それは、おれがインターネットについて考えていたとき、ふと思いついたことだ。「インターネットがブレイクする」というのは、あるい世代にとっては意味がわからないことだろう。それは「道路がブレイクする」(陥没事故みたいだな)とか、そういう印象に受け取られるかもしれない。そこにある、あって当たり前の完成されたインフラ。だが、おれのように日本のインターネット黎明期(のちょっと後、いや親のアカウントでパソコン通信をしていたからちょっと前?)を、ROMとしてウロウロしていた人間からすると、インターネットはブレイクした。そういう場なのだ。

その昔のネットは、あまりおもしろくない企業サイトがとりあえずという感じで存在し、お得にお買い物をできるショッピング・サイトも、比較サイトもなく、おれにとって興味深いものといえば非常にあやしい部分であった。具体的にはエロ画像、ニュースグループのエロ画像であった。そして、今では笑われる言葉であるかもしれない、「アングラ」である。2chもまだない時代、おれはアングラ私書箱多段串を刺してアクセスし、そこで行われる、まったくモラルも世間の常識も良識もない世界をこわごわと、そしてうきうきしながら眺めていたものだった。そう、眺めるだけで楽しかった。

気づいたら、2ちゃんねるが、ずいぶんと大きな存在になっていた。それを「バカに見つかった」とは言うまい。だが、2ちゃんねるが実世界(この表現、今では「ネットも現実の一部だろう」と言われるだろうが、当時は断絶があったのだ)に何らかの影響を及ぼしたり、あるいは……そうだな、神戸の酒鬼薔薇聖斗の事件のとき、その本名が書き込まれたとされるサイトがモザイクつきでテレビに取り上げられることにより、逆に確定してしまったりと、まあそんなこともあった。2chの方が後だろうか。もうあまり記憶がない。

それからAmazonGoogleのサービスが世を席巻し、ネットバブルのようなものもあったのだろうか。思えば、それが「かしこい人間に見つかる」ということだったのかもしれない。かしこい人間とは、金を稼げる人間のことである。あるいは、倫理的な人間にも見つかったかもしれない。いつしかいろいろなものが溶け合って、ネットは実世界のようになり、おれも薄暗いところから這い出てブログなど書くようになった。

そしてずいぶんときが経ち(かなりネット史の重大事をカットしている。とはいえ、おれはずっと自宅にパソコンを持っていなかったし、テキストサイト文化とか、ニコニコ動画文化とか知らんのだ)……、そのブログのようなものでも金を稼げるかしこい人間があふれるようになった。「何万PVで何十万円稼ぎました!」みたいなものが溢れかえった。ネットはかしこい人間に見つかってしまった。たぶん、そういうことなのだろう。おれは阿呆なので、古くからネットにいたのに、そういうかしこい人たちの売り上げ報告を、指をくわえて眺めるばかりであった。実生活は困窮しているのに、ネットで稼ぐ方法もわからぬまま(ほしいものリストでお恵みをいただくのもようやく最近のことだ)、「なんかつまらなくなったな」と思っているばかりであった。

もっとも、そのような、かしこいけどつまらない人というのは、一時期はてなに溢れかえっていたようだけれど、もっとべつのエル・ドラドを見つけたのかこの頃はあまり見なくなった。いないわけじゃないけれど、一時期に比べればマシになったように思える。もちろん、おれのような底辺の人間から見た「マシ」なのであって、プロブロガーで、えーと、なんだ、セミナー、そう、セミナーとか開いたり、参加したりする意識高い人から見たら、なんのこっちゃということだろう。

と、ここまで書けば賢明な読者諸氏にはおわかりだろうが、おれがこんなことを考えはじめたのは、そして結論に出てくるのは、はてな内殺人事件のことである。おれとはレベルの違う場所とはいえ、アングラ方面から出てきた被害者……いや、率直に言え、Hagex氏。彼が揶揄し、風刺し、茶化していたのは、ネットの中のかしこい人たちだった。賢しい、といえば誹謗だろうか。よくわからないが、ともかくそう立ち回り、金を稼いでいた人たちだったのではないかと思える。

もっとも、おれはその行為にもあまり興味を惹かれなかったので(かしこい人間に関わるものにもあまり関わりたくないのだ)、だいたいあなたが思い浮かべている男性一名、女性一名がその標的になっているな、というくらいのことである。それを見て、加害者が「ネットリンチ」と思ったのだろうか。答えは彼の中にあり、いまだわからぬ。

そして当然、Hagex氏がアングラ魂を引きずり、嫌儲的な精神でもって、かしこい方、かしこい方へ流れていくネットをどうにか中和しようとしていたなんてのは、おれの想像にすぎない。ただ、なんとなく氏の中の人のネットに関する経歴を読んで、そんなふうに思っただけである。

そして、そのような人が、なんらかの決断をして、実世界に生身で打ってでたところで、衝突事故があった。いや、少し根深い恨みを買っていたから、衝突と言い切れない部分もある。が、やはり加害者の行動範囲内にたまたま入ってしまったのは……あまりに、あまりに運がなかった。

さて、今後はネットがどのような場になっていくのだろうか。……というのは、「この社会は今後どうなっていくのだろうか」というのと同義、というかそのくらい曖昧な問いかけだろう。そして答えは、さっぱりわからん、だ。とはいえ、より実社会の実人間との紐付けが強くなり、実社会のモラル、ルールが必要とされていくのであろう。より、倫理的に。より、正しいほうに向かって。たとえば、おれはヘイトスピーチというものを暴力そのものと思うようになった(のもネットでいろいろな人の意見を読んだ末の、一応の結論だ)ので、それに伴う責任は発言者が負わねばならぬということに異論はない。

……のだけれど、まだバカにも、かしこい人間にも見つかっていなかった、まだなにともわからぬ、わけのわからない混沌、曖昧模糊とした世界、そのころのネットをたまに思い出す。念のために言っておくが、これはネット老人の回顧にすぎない。老人には回顧が必要なのだ、たぶん。

 

教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書

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……この本(持ってないし、読んだことがないけど)からも十数年経ってる!