「ここよね?」
「わたしはここだった」
すれ違い、行き違いというのはむなしいものである。おれは女に「チームラボなんとかに行きたい」と言われ、ああ、新豊洲の、と思い予約した。だが、どこで昼飯を食うかで齟齬が明らかになった。チームラボなんとかは、ゆりかもめ線の沿線に二箇所存在したたのである。おれはこないだすばらしいストライクウィッチーズ(ストライクウィッチーズに栄光あれ)のライブイベントに行ったさい、それを目にしてたので、新豊洲のそれしか頭になかったのである。女が晴海が最寄り駅と言い出したとき、「青梅と晴海を勘違いするアイドルか」などと思ったのである。
というわけで、「まあ、買ってしまったものは仕方がない」ということで新豊洲、チームラボ・ボーダレスでない方のチームラボに来た。
というわけで、プラネッツ、はい。
普通のチケット。割高な優先パスポートみたいなやつもある。だが、たまたまなのかどうか、この日は普通の前売りチケットで、10分くらい並んだだけで入館できた。場合によっては台風が来た日のことなので、あまり当てにはしないでほしい。だが、この日のケースではそうだったのだ。して、このマシーンは行列に向けて風を送るマシーン。東京五輪の際にも活躍するであろう。このマシーンを作っている会社の株を買ったりすればいいかもしれない。
入場すると、並ばされる。そこで、モニタから注意事項が言い渡される。曰く、濡れるから膝上までの衣服にせよ。ハーフパンツは貸出無料である。曰く、スカートでは足元の鏡からパンツだから恥ずかしいものが見えてしまうので注意せよ。笑い声が起こる。校長先生の話は真面目に聞くべきである。
して、裸足になって通路。なにかミストのように見えるのは単なる手ブレである。滝のようななにかがあったが、データが壊れていたのでアップできない。
最初の部屋は、低反発ビーンズによって敷き詰められた部屋であった。壁に沿ってすでにまったりしている人びとなどいた。逆に子供たちは匍匐前進のように這い、ハイテンションであった。
次の部屋は、なにか光の線で満ちていた。
こういう現代アートは見たことがある。が、これはスマートフォン(携帯端末とカメラのみ持ち込み可、なのである)で自分の望むアクションを送れるという代物なのである。そして、ある人とある人のアクション同士がぶつかり、そこで新しい風景が提示されるのである。そのような仕組みが、このチームラボ・プラネッツの根底にある。
……と思ったのは今なのだが、はっきりいってiPhoneアプリの存在をすっかり忘れてしまい、いっさいなにも能動的なことはしなかったと白状しなくてはならない。だって、なんか、首からぶら下げるケースとか貸与されて、そんで、なんか、おれはカメラ持ってたし、忘れるやん。ああ、悔し。
そして、膝上、膝上というのがわかるのが、この部屋である。おれは膝上までめくりあげることのできるカーゴパンツのようなものを履いていったのだが、それでも少し濡れた。足元を鯉やそのような魚が行き交う。
人間にぶつかると鯉は花びらに散るという(それに気づかない)。
しかしまあ、鏡と足元にリアルな水、そうとうな水によって構成された世界、これはもう反則でしょう、いや、新しいルールでしょう。おれはあまり現代アートというものを追っているわけではないけれど、この規模で、この体感、経験、これはないでしょう。しかし、あるでしょう。これはありでしょう。
うぇーい。
アートとはなんなのです? 本当によいこととはなんなのです?
次の部屋は、なにか大きなバルーンのようなものが充満していた。だれかがバルーンをボーンとやれば、おれの頭にそれなりの「圧」をもってぶつかってくる。なにくそと、ヘディングで返せば、大きなバルーンの向こう側の人間に「圧」を返すことができただろうか。
そんな部屋なのです。
蹴りを入れてみたりね。
それで、このバルーンが、接触によって色を変えることとか知らずにね。その色と色が反応しあって常に新しい色彩を描くとか知らずにね。あのね、ここに行くことがあるのならば、アプリを落とし、説明を読み、なおかつ起動すべきなのです。
そして、最後の部屋。なんか人が寝ているので踏まないように場所を確保する。ドームのような天井、花が生まれては散りゆく。
蝶がたまに飛ぶ(これもアプリで能動的に放ることができたのです)。大きな花も舞う。
寝っ転がって上を見上げるのもいいが、人のシルエットを見つつ、地平線の際を見るのもよい。永遠に落ちていくような錯覚にとらわれる。
目がくらくらする。酔うような感覚。
この最後の部屋でみなが寝っ転がって、尽きることのない永遠の永遠の永遠に身を任せていた。この施設、この展覧会は一方通行であって、前の部屋には戻れない。「これはいい」と思ったら、じっとそこに居てもいい。あまりに長くいすぎるとスタッフになにか言われるかもしれないが、まああんまりそんなこともないだろう。そして、アプリを使ってみるべきだ。
— 黄金頭 (@goldhead) 2018年7月29日
しかしなんだろうか、モネが絵の具の技術的進歩によって、屋外をアトリエとすることができたように、技術的進歩によって芸術というものが進歩するのはおかしなことではない。この展覧会(というのだろうか?)のような方へ向かっていくのは面白いことだ。ただ、値段との折り合いというものがある。もう一度行きたいか言われれば、アプリからの干渉を含めて「行きたい」と言うが、もう一度金を払いたいかというと、それはないと思う。まだ、未完成のなにかなのだ。でも、未完成だからといってスルーするのは惜しい。とりあえず、遊園地のビックリハウスの延長線としてでもいいから、体感してもいいと思う。それなりに満足できるはずだと思う。不満だと思っても、おれはなんの保証もしないけれど。
そんなんで、部屋を出て、ロッカーへ。ロッカーは無料だ。その中に手荷物を入れる。靴を入れる、靴下を入れる。空調の効いた展示は心地よかった。足を濡らす水はプールのにおいがした。
そして灼熱の現実へ。
施設を出て、ららぽーと豊洲へ行った。女がiPhoneのケースを買った。おれはなにも買わなかった。行きはゆりかもめで新橋から豊洲まで、すなわち最初から最後まで乗った。昼飯は豊洲で食べた。万福食堂という店だった。新豊洲にはなにもない。帰りは、豊洲から地下鉄に乗って帰った。有楽町から京浜東北線である。おれは桜木町で降りて、図書館に本を返却した。もう、開館時間を過ぎていたので、返却ボックスに三冊投じた。帰ってみると、女の人からメールがあって、チームラボボーダレスの方の予約をとったということであった。8月の終わりのことである。まだ、夏は始まったばかりなのか、と思った。