お医者さんを信じていいの? 『「最悪」の医療の歴史』を読む

 

「最悪」の医療の歴史

「最悪」の医療の歴史

 

 古代ギリシア時代からリンカーンの頃まで、医療は人間に益より害を与えることのほうが多く、助けるより痛めつけることのほうが多かった。歴史学者デイヴィッド・ウートンは「2400年の間、患者は医師が有益なことをしていると信じてきた。しかし2300年の間、それは間違いだった」と書いている。

「まえがき」

長い長い、医師による患者への有害な処置に関する歴史について語られた本である。

 「うつ病」の治療については、アルノー・ド・ヴィラノヴァが次のように書いたと言われている。

 私の師匠は、眠りこけるナポリ人の兵士の枕元に一匹の豚を吊るすよう命じた。絶え間ない豚の悲鳴が彼を恐れさせ、眠ることができないようにしたのだ。

 また、アルノーは無気力症の患者を治療するため、その人の頭を剃りあげて蜂蜜を塗りたくり、ハエを追い払うため激しく動かざるを得なくしたということだ。

「暗黒時代」

おれは正確には双極性障害抑うつ状態に陥ることがあるが、こんなことされたらたまったもんじゃない。……が、際限のない倦怠、無気力に陥ったとき、この「治療」が奏功しないとは言い切れない。いや、しかし、でも。

あるいは、瀉血の話。

 1799年12月13日、ジョージ・ワシントンは喉がとても痛いと訴え、翌朝には呼吸が苦しくなった。彼は嫌がる召使いに無理やり500ccほどの血を抜かせた。「怖がることはない……もっと、もっとだ」。そこへ選りすぐりの名医が三人到着した。第一の医師は、甲虫の分泌液を乾燥させて作った発疱剤を使ってワシントンの皮膚に水疱を作り、一か所600ccずつの瀉血を二か所で行った。そして念のためにさらに1200cc瀉血した。

 次の医師は960ccの血を採った。結局10時間ほどの間に合計4リットル近くの血がとられた。これはワシントンの体内にあった血液のほぼ半分である。午後10時10分、ワシントンは死亡した。

「英雄的医療の時代」

あるいは、20世紀中盤だって、医療じゃないけれど。

 ……ボストンの医師ジェイコブ・ロウはちょっと違ったことを思いつき、1927年、自分が発明したフット・オー・スコープの特許をとった。それは靴の試着をするときに役立つ装置だった。

 正確に脚と足指を「触診」し、「繊細な骨の関節部の変形」を避けるには、X線の不思議なパワーを利用することが必要だ。……

 ……ぴったりフィットするのは結構なことだ。だが顧客が「靴X線透視映像」を喜んだ主な理由は「面白いから」だった。……

 ……後に、原子爆弾の製造などをきっかけ医師たちが靴用のX線透視装置の放射線レベルを調査したところ、大型の装置では通常のレントゲン撮影装置よりはるかに多い放射線を出しており、その粒子は全方向に7.5メートルも飛び散っていた。……

 ……放射線被ばくは窮屈な靴よりも大きな脅威であることがわかり、連邦当局は1953年にフット・オー・スコープとその子供版であるペドスコープの使用を禁止した。

「英雄的医療」の時代

ZOZOなんとかは大丈夫なのか(大丈夫です)という話である。

そしてさらに、ロボトミーの話。

 ……フリーマン博士は外科医ではなく、自分の器具が患者の頭蓋骨の中で折れるとやる気をなくした。あた、手術用手袋をはえたり、無菌区域を作ったりする時間も根気もなかった。――「細菌なんてクソ喰らえ」と彼は言い放った。家にかえればグレープフルーツを使って、より簡単な新しい術式の練習をした。

 1964年、フリーマンは新しい手法、経眼窩式ロボトミーを発表した。頭蓋骨相手に無駄な時間を使うかわりに、目から直接手術器具を入れようというわけだ。初めのうちフリーマンは、台所の引き出しにあったアイスピック、特にウライン製氷会社のアイスピックをよく使った。木槌でアイスピックを打ち込み、それから車のワイパーのように動かした。立ち会ってる医師の中には失神する者も多かった。

「英雄的医療」の時代

『カッコーの巣の上に』どころじゃねえよ。すげえな。

と、まあ、こんな具合にすげえ「医療」のエピソードが並んでいるのがこの本だ。そして、この本の特徴は、それが本当に単に「並んでいる」ということだ。章のタイトルなんかはあるが、ただひたすらに、古代から現代に至るまでの(今では)いんちきな医療のエピソードが並んでいる。死体解剖ショーから、手術ショーまで。「痛み」というのは神が与えたものだから、麻酔は邪悪であるという思想まで。

その、無味乾燥とまでいえる羅列のぐあいが、なんとも言えない。「この時代にはこういう思想が主流で、それに則って医療とはこんなものでしたよ。そして、次の時代には……」というような説明など、あえてしない。そう見受けられた。

で、そんな本を読んでどう思ったかといえば、「現代に生まれてよかったよな」ということに尽きる。尽きるのだが、たとえばおれの双極性障害躁うつ病)は、まだ機序が明らかになっていない病気なのである。おれはたまたまオランザピン(ジプレキサ)という薬が効いているにすぎない。これなど、後世から見れば、「電気を全身に流せば病気が治る」くらいの雑な処置なのかもしれない。でも、まあ、麻酔なしの外科手術や、焼きごて、瀉血の時代に比べればねえ、という、そんなところなのである。

 

以上。