家に紙のメモ帳があると文化度が爆上がりする話

 

おれのアパートに紙がなかった。ペンはあったが紙がない。

たとえばこれだ。

これはレシートの裏に書いたものである。おれはそのようにして十年以上暮らしてきた。

しかし、ふと、100円ローソンでメモパッドを見かけたのである。「あれ、これがあればいろいろと便利なのでは?」。おれはそう思った。

そして、紙がわがアパートに渡来した。これは文化だ。文明だ。すごい。東スポの競馬欄の隅とか、ちょっと長めのレシートの裏とか、図書館の貸し出し記録(レシートというのだろうか?)の裏とか以外に、書く場所がある。そして、描く場所がある。

書けるボールペンがあったので、思わず落描きする。

文化というものよな。文化だ。紙にものを描く。これは知的な行為だ。活動的だ。悪くない。こればかりはいくら電子機器と情報通信が整っていても、ゆずれない領域だ。え、十年以上ゆずっていたじゃん? まあ、そうだからおれは知的ではなかったし、創造的でもなかったのだ。

もちろん、落描きばかりではない。必要なことをメモすることもできる。iPhoneのメモ帳にメモすることより簡単だ。なにせ、iPhoneはときどきなくなるしな。……いや、ボールペンとメモパッドもなくなる。それはしかたない。そのときは100円ローソンで買えばよろしい。

しかし、手を動かして、ものを描くというのは楽しいな。マウスの操作ではえられないものだ。よし、頑張って絵を上達させるぞ!

……とか言いつつ、AIに絵を描く絵を描かせてよろこんでいるおれ。あ、こっちの方向はべつに上達しようという気はそんなにないです。