M-1より注目 水曜日のダウンタウン「スベリ-1グランプリ」の衝撃

おれにはいろいろ書きたいことがあるし、書かなきゃあかんこともある。見なければいけないものもあるし、そんなに時間はない。勝手に時間はない。

 

でも、ネットであまりにも話題になっていないのではないか、ということがあるので、少なくともおれの読者十数人には伝えたく、ここにメモする。

 

水ダウの「スベリ-1GP」、これである。地下芸人に精通した芸人が推薦する、一番おもしろくない芸歴16年以上のピン芸人に偽の賞レースに出場させて、だれがいちばんおもしろくないか決める戦いである。

 

「なんか、おもしろくない人を笑いものにして、いじめている企画では?」という意見もあるだろうか。しかし、そんなものを吹き飛ばす威力がS-1にはあった。なにせ、なんというか、「笑いものにする」レベルでもない、本当の「笑えなさ」があるのだ。「逆におもしろい」とか、「ちょっとこれは健常者ではないのでは」とか、そういう要素がない。お笑い芸人をやっている芸人が、本気でお笑いをやって、本当に笑えない。お笑いではスベることが逆に笑うことに繋がったりもするが、そういう次元ではない。すべり芸という次元じゃあないんだ。

 

tver.jp

 

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もう、あと、五日くらいしか見られないので、見てくれ。事情を知らないお客さんの冷え切って死にそうな顔を。目を背けてしまう情況を。なんだろうか、これは。とてつもない。

 

とくにもう、決勝に進出した「ゆきおとこ」、「エンジンコータロー」、「ギブ↑大久保」の三人はすさまじい。決勝戦だけでもいいから見てほしい。カットされている可能性もあるが、本当に観客が笑わない。完封試合だ。

 

なぜ、こんなことに。

 

おれはもう不思議でならない。なんなんだろう、これは。ある人間が、人を笑わせることを本業としている人が、芸歴のある人が、本気になって人を笑わせようとしているのに、もう「あまり笑わない」どころではなく、客を沈黙させるのだ。なにが起こっているのか。

 

おれはこれを見てから、「おもしろいってなんだろう?」ということが頭にとりついて離れない。逆に、「おもしろくないってなんだろう?」とも思う。思ったところで答えは出ない。

 

なんかもう、たしかに「何を言っているかわからない」(滑舌の悪さ、発音不明瞭的な意味で)というのもある。しかし、たとえばゆきおとこは結構ちゃんと漫談をする漫談師風のみばえと喋りながら、本格的につまらない。一つでもいいから面白いところがない。ある意味で、いちばんやばいのはゆきおとこだろう。

 

とかいって、いま予選から見直しているが、勝った(負けた)方もすごい。高レベルだ。感覚がおかしくなる。どうして、人を笑わせようとする人が、笑わせられないのか。くすりとも笑えない。

 

もちろん、もちろんだ。われわれど素人が舞台に上がってなにかやれ、人を笑わせろと言われたら、なにもできない。ぜったいに無理だ。でも、彼らは、それだけで食っているかどうかというのは別として、本業が芸人なのだ。その道の人なのだ。人生をかけている。でも、下手すれば、やぶれかぶれで素人が変なことをしたほうが、ひとつでも人を笑わせられるかもしれない。そんなことすら思ってしまう。

 

笑うってなんだろう。おもしろいってなんだろう。まるでわからなくなる。日常生活のなかで、たとえばおれは会話で人を笑わせようとしている。おれにはかなり親しい間柄しか関係性のある人がいないので、抑うつのときや機嫌のよくないときを除けば、つねに笑わそうとするチャンスを狙っている。お笑い芸人ではない、ただの独身中年だ。でも、それでも、女の人とは笑いの絶えない会話をしているつもりだし、それで二十年経って、まだ笑いあえる。人を笑わせたいと自然に思う。

 

お笑い芸人なんて、そんな気持ちのとくに強い人だろう。そう思う人の上位1%くらいの人だろう。なのに、なんで。

 

もちろん、お笑いの舞台というのは残酷なものなのだろう。日常会話とは違う。お客さんはおもしろいものを見て、笑いにきている。身構えている。望んでいる。しかし、それにしても、だ。やっていることは奇行ともいえる。奇行は笑える。でも、笑えない。失敗している。人が失敗していることは笑えることもある。でも、笑えない。

 

これはもう、なんだろうか。なんなんだろう。おれの理解を超えている。おれが理解していることは少ないかもしれないが、しかしもうこれはなんだろうか、わけがわからない。衝撃を受けた。動揺に近い。

 

もちろん、今までテレビなどで芸人のネタを見て、くすりとも笑えないことはあった。賞レースの番組などで、「スベっているのでは」と思ったこともあった。笑えない芸人、というのもいる。でも、そんなのはちょっとしたセンスの方向性の違いにすぎなかった。そう思い知った。ほんとうにもう、「あらびき団」に出てくる芸人のレベルの高さといったらない。

 

だいたい、スベるっていうのは、普通に歩いている人が滑るのだ。この人たちは、なんというか、歩いていすらいないのでは……。

 

というわけで、もう、なんだろうか、松本人志に「ブチ殺すぞおまえ」とまで言わせる世界、失笑も苦笑もない世界、笑いのない世界、そんなものがあった。お笑い通にとったら、「賞レースの予選一回戦に行けば見られるよ」ということかもしれないが、まあ普通は行かない。行かないで、地上波の、いい時間帯の、人気番組でこれが流れた。そしておれはそれを見た。見てしまった。

 

おもしろいってなんだろう。おもしろくないってなんだろう。おもしろくないことをつきつめれば、逆になにがおもしろいのか見えるのか。見えないのか。考えは尽きない。