おれのもとにアードベッグが届く。おれにアードベッグを届けたところで見返りはない、といつも書いている。それは嘘だ。
アードベッグが届くと、おれはコートを着てビルから出る。人目を避けて川沿いまで歩く。川はどこからか流れてきて、やがて海へいたる。小さな船が通り過ぎて水面に波を立てる。
水面が落ち着いたら、おれは欄干に肘をつき、両手を組む。目を閉じて、「世界人類が平和になりますように、マルフク」と心のなかで唱える。
おれの祈りによって、今夜この地球上で死ぬ人間が一人だけ減る。インドにいるだれかか、アルゼンチンにいるだれかかもしれない。あるいはウクライナか、ガザか。ただ、一人死ぬ人間が死ななくなる。今夜は助かる。
夜、おれはアードベッグを少しだけ飲む。死ななかったやつへの祝杯だ。おれにアードベッグを贈るということは、そういうことなのだ。
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