【緩募】ピザと酒と人生の代替品

寄稿いたしました。

blog.tinect.jp

快楽だと思っていたものが、惰性になっていたという話です。そりゃまあ、そういうものもあるよね、という話です。でも、あんがい気が付かないのではないか? たまには、意識して自分の習慣の整理をしてみてもいいんじゃないでしょうか? というお話です。

 

しかしまあ、おれは現実の部屋の整理も苦手だが、習慣の整理も苦手だ。いったい、何枚のピザを惰性で食ってきたか覚えているか? まあ月に一枚、金銭的にも、カロリー的にもそれほどのことではないだろう。これが週に一度だったら話も違うだろうが。

 

だけど、ピザを整理することで、おれは一つ「ご褒美」を失ってしまった。「自分へのご褒美」。おれみたいな中年男性にもそういうものは必要だ。今のところピザの代替品の食べ物の方向、それも自宅にだれかが届けてくれるものの方向で考えている。考えているが、それって宅配寿司か、ウーバーイーツくらいだよな。ウーバーイーツ、あるいは出前館でもなんでもいいが、そういうサービスにはいろいろな店があるしな。あるけど、近所に限られるな。お取り寄せグルメ? ちょっと高くつきすぎないか? 今のところ見えていない。

 

さて、上の記事で松本俊彦医師の「そもそも、人はいかなる快感にも呆れるほどすぐに倦んでしまう生き物である。我々の中枢神経は悲しいほど簡単にさまざまな刺激に鈍麻し、いかなる快楽にも倦んでしまいやすい」という言葉を引用したが、これはまあ依存症についての前置きでいつも書かれることだ。それなのに依存症はなんなのだ? と。

 

各種セルフチェック(AUDIT)などでは、おれはほぼアルコール依存症といっていい。しかし、なんとなく去年から減酒をはじめた。日曜日〜木曜日の夜にアルコールを一滴を飲まない、なんてこともできた。なんなら金曜の夜に飲まないこともできるだろう。

 

が、そこに立ちふさがるのが「金曜の夜はワインを飲む」という習慣である。これはいつからはじめたか覚えていないし、きっかけもとくにない。ただ、コンビニで競馬のための東スポを買うのと一緒にワインを買って、飲む。すばらしい週末に乾杯、という特別感。おれは金曜の夜以外はワインを飲まない。むろん、コンビニワイン、スーパーマーケットで買えるワインにすぎない。

 

ただ、なんだ、そういう安ワインってはずれがないよな。あ、もちろんおれは高級ワインなんて飲んだことないんだけど、なんだろう、「不味くて飲めないよ」ということや、悪酔いすることがまったくない。これが、同価格帯、コンビニやスーパーで買える日本酒となると、飲めるものと飲めないものがはっきり分かれて、ブレがすごいと思う。日本人なのに。まあ、ワインを水のようにガブガブ飲む人たちが世界にはたくさんいるので、飲みやすくできているのだろう。まあ、日本酒をガブガブする人たちもいるだろうが。

 

もし、仮に、おれが、断酒に踏み切るとすると、この金曜の夜の祝祭をやめる、ということが重要になるだろう。これも、惰性にはなっていないか。よくわからない。だいたい、べつに最初の最初から、ピザ最初に食べたときに比べて快感があったわけではない。最初から惰性といえば惰性だ。「金曜日はカレー」みたいなものだ。

 

addiction.report

依存症って薬を使うための言い訳を作るのが本当に上手なんです

 

はい、当事者による名言きました。「薬」を「物質」に変えればいくらでも応用できるだろう。アディクション一般に通用する。おれだって正直、ウィークデーの夜に飲んでしまうこともある。「今日は嫌なことを言われたから忘れたい」とか、「めずらしく雪が降ってるから!」とかだ。とくに寒い日は「もうお湯割りで身体を暖めるしかない」とか上手い言い訳を作る。ほんのちょっとでもそういうのが頭をよぎると、「まあ、いいじゃないか今夜くらい」となって、これを止めるのはなかなか難しい。言い訳がとくに出ない日は「今日は飲まない」と思えば、炭酸水ガブガブ飲んでやり過ごせる。

 

して、酒を飲むとどうなるのか。ふつうに加齢もあるだろうが、それにしても減酒をはじめる前に比べて弱くなった。弱くなったが、やはり酔うのは楽しい。酒なしに生きていられるかという気分になる。その分、翌日にくる。

 

じゃあ、酒を「月に一度のご褒美」にするのはどうか? いや、さすがに月一はちょっと、そのなに、なんか言い訳したくなるな。というかそれならもう断酒しろよという話だな。そりゃ、断酒が望ましい。「酒なしには生きていけない」という最大の言い訳をどうするか。おれにはわからない。より害のない依存を見つけるのは一つの手段だ。だが、おれはもうピザもない。惰性と知りつつも自分を騙し、ピザ食って幸せスパイラル気分を維持するべきだったのだろうか……。